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小説 | 代々木上原 「アメリカの友人」

アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第1回 Chapter 1-1

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Chapter1-1

 男は表参道や青山を見て回った後に、千代田線明治神宮前駅から二つ目の代々木上原駅で降りた。今までの喧騒が嘘の様に穏やかな空気が流れている。人通りは多くもなく少なくもなく、適度なパーソナルスペースが保たれている。電車の窓から眺めていた町の風景から想像していたよりも立派な駅ビルがある事に少々驚かされたが、降り立った町自体はこぢんまりとしていて、新旧の小さな店が軒を連ねている。
 日本の繁華街を歩いていると、男はニューヨークシティに行く度に、息が詰まるような錯覚に陥ったことを思い出した。だが、それは錯覚などではなく、自分の体に起こった一種の拒否反応だったのだろうと今では考えている。常に最新のトレンドを発信する情報都市としてのスピード感と物量、街を行きかう人々と車のせわしなさなどは、男の生まれ故郷にはほぼ無縁の物であり、文字通り人の波にのまれ、そして溺れるのだ。
 しかし、若さは時に常識を重んじる事よりも衝動を優先し、欲望が体と脳を支配する。男もまた、学生時代には刺激を求めてNYCなどの大都会へ出るのだが、半日もしない内に地元のバーモント州に戻りたくなるのが常だった。北米の小さな州で、アイスクリームのBen & Jerryに代表されるように、牛がトレードマークになっているような場所だ。だが全米一の紅葉が見られる場所として有名で、またスキーリゾートとしても名だたるスキー場を持ち、スノーボード発祥の地でもある。そのためか、大金持ちが所有する別荘なども多い。緑は豊富だが、一年の半分は雪に埋もれている。ヒッピー文化も根強く残る素朴な場所だ。
 日本での生活は名古屋が出発点で、東京へ来たのはつい二日前。初めての東京旅行だ。日本の大都市もまた、男にとってはアメリカの大都市と同じような息苦しさを抱かせる場所には変わりはなかったが、行く先々で感心させられる街の清潔感と、この国の人々のやさしさが、男をこの地に留めている。
 ガールフレンドの母国でもある、という理由も大きなウェイトを占めている。名古屋の小学校での英語教師の職を得たのが一年半前で、「仲間」との交流を求めて出入りするようになった外国人が多く来るバーで、彼女と出会った。東京から名古屋へ出張で来ていた彼女もまた、英語での交流を求めて店に来たという話を聞き、自然と意気投合した。
 彼女の出張回数はけっして多くはなく、遠距離恋愛を続けているよりも、多少は融通がきく自分が動こうと、東京に引っ越すことに決めた。在日外国人に英語教師の職を派遣する会社に登録していたのだが、東海支部の上司が関東支部に口利きをしてくれたため、事はスムーズに進んだ。運よく渋谷区の小学校に英語教師の空きが出ると、そのチャンスを手にして、すぐに引越しの日取りを決めた。自分の都合で決めた転職だったが、名古屋の小学校で催されたお別れ会に出席した時は、自分の決断を多少後悔した。だが、彼女と一緒にいる事に、男は使命にも似た決意をしており、別れる事になるような機会を少しでも残すわけにはいかなかった。
 初めての東京という事もあり、先に観光をしてから部屋探しをすることに決めていた。今日は代々木上原の不動産屋で部屋を見せてもらう事になっている。
「So, how do you like the town?(町はどう?)」
 二十代後半の女が男に聞いた。スラリとした長身の女性だ。日本人に見えるが、どことなく違和感がある。美人の部類には入るが、正統派の美人ではなく、アクの強さが顔立ちや身ぶりに出ている。
「Yeah, I like it a lot. Yoyogi-uehara is a nice little town. People here seem nice too. If we find a nice room, I’d stay here for a long time.(ああ、気に入ったよ。この代々木上原ってかわいらしい町だね。それに人の様子もいい感じだし、部屋さえよければ、長く住むと思うよ)」
 三十代前半の白人男性が隣の恋人に微笑みながらウィンクした。男もまたひょろりとした背高のっぽで、顎を前に出して歩く癖があり、長じて背中を丸める姿勢をとるために猫背になっている。細面のハンサムだが、短めに切りそろえられているダークブラウンの髪の生え際がすでに後退し始めている。
 女は男が言外にアピールしてきた部分を無視して、
「See? I knew it. It’s close to my office and your school too. But there is something we need to concern. It’s the Japanese landlords. They have a tendency to dislike non-Japanese speakers. So let me handle the realtors. OK?(でしょ? 分かってたんだから。私のオフィスにもあなたが通う小学校にも近いしね。でも、気をつけなくちゃいけない事があって、日本の大家さんて、日本語を話せない住人を嫌う傾向があるのよね。だから、不動産屋では私に任せておいてね)」
 自信家らしい強気の表情を一瞬見せると、すぐにウィンクをして微笑んだ。男はそんな彼女を眩しそうに見つめ、「Love you. (愛してるよ)」と言うと、彼女の額にキスをした。女はその行為が嫌いらしく、男の二の腕を軽く叩いた。
「Don’t do that! How many times do I have to tell you? (やめてっていつも言ってるでしょ! 何回同じことを私に言わせる気?)」
 女は額へのキスを子供っぽい行為と思っている。男はそれを知りつつも、ついやってしまうのだった。
<日本に来て、本当に良かった>
 男は今の自分の境遇に感謝していた。本国の地元では、厄介者扱いをされていたこともあり、感謝の気持ちは事さらに大きい。一応カソリックだが、神に感謝することはほとんどなかった。だが、日本に来てからは、その回数が一気に増えた。

(Capter1-2 へつづく)

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「駅ナカショッピングストリート」アコルデ代々木上原。

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アコルデの東出口から線路沿いの商店街を見た様子です。

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アメリカ バーモント州のステッカーです。やっぱり「牛」がいますね。

アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第2回 Chapter 1-2

  • Posted by: 高田
  • 2013年7月 8日 00:58

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Chapter1-2

 本国アメリカでは大学を卒業したという事以外に、男には特に目立った所がなく、うだつが上がらない人間と周囲から見られていた。まともな仕事に就くことなく、パートタイムのセールスマンやレストランのウェイター、ピザのデリバリーボーイなどをして日銭を稼いでいた。母親はアメリカの低迷している経済状況による就職難のためで、息子のせいではないと庇っていたが、父親は大学まで出て職にありつけない息子をふがいないと感じていた。
 子供を大学まで出すとなると、学費ローンはもちろんの事、経済的負担はそれなりに掛かる。父親は自分たちの暮らしを平均的なミドルクラスと言ってはばからないが、それは多分に思い込みや見栄の要素が強く、それでもひいき目で「中の下」と男はランク付けをしている。学費ローンの返済に追われていると、親の見栄で大学に入ったのかと錯覚を起こす事もある。しかし、その境遇を跳ね返すかのような努力家の弟がいて、大学卒業前に大手IT企業への就職を決めたために、父親の男に対する評価は下がる一方だった。
 男自身も、大卒でも仕事が見つからないのはあまりにも普通すぎるGPAのスコアが原因なのか、それとも不況による就職口の減少のためなのか分からなかった。だが、口にこそ出さないが、大学時代に起こした暴力事件が関係しているのかもしれいと、内心では思っている。父親との関係が悪化したのも、その事件がきっかけなのは明白だった。
 マサチューセッツ州のボストン大学を卒業すると、同じ大学の卒業生というだけで力を貸してくれる卒業生のコネクションを頼りに、マサチューセッツ州はもとより、近隣のニューヨーク州、コネチカット州などのオフィスで働くチャンスを得た。しかし、仕事と言ってもコピー取りや郵便の仕分けなどの雑用ばかりで、上の職へ引き上げてもらえる機会には恵まれなかった。大学時代に別れた彼女の父親が、背後で手を回しているのかと疑ってみたりもしたが、それが事実だとしても文句を言える立場ではなかった。
 腐った気持ちを抱えながら地元へ帰ると、偶然大学時代に知り合った日本人留学生と再会する機会があった。彼は日本人留学生を大学などへ紹介し、現地まで引率するビジネスをしていた。男が自分の境遇を話すと、彼はビデオチャットを利用した、外国人向け英会話教室の話し相手になるというアルバイトを紹介した。
 ボストン大学で多くの留学生を見たが、中でも男の日本人に対する印象は良好だった。中にはドラッグにハマって退学してしまう日本人留学生もいたが、それはほんの一部で、彼らの礼儀正しさや親切心には常に感心させられていたものだ。そしてその印象は、英会話のアルバイトを通しても変わることがなく、さらに良くなる一方だった。二年半のアルバイト経験を通して、日本人や日本の文化への興味が強くなっていくと、ついには日本行きを決意し、実行したのだった。

 代々木上原駅から少し離れた場所にある、青い壁とガラス張りのビルの一階にある小さな不動産業の前に着くと、女が言った。
「Here we are.(ここよ)」
 大きな黒いサングラスの向うの目は見えないが、形の良い唇の端が上げて、男を安心させる気遣いを見せた。
 内見を希望する物件の一覧はすでに送付済みで、今日は五件ほど見る予定だ。そして可能ならば本日中にでも申し込みを入れるつもりでいる。さもなければ、明日のデートを取りやめて、再度物件探しを続けなければならない。明後日には一旦名古屋へ戻って、引越しの手配や準備をすることになっていた。
 女の笑顔に自分も笑顔で返したが、自分から同棲する事を提案した後は全てを彼女にまかせっきりで、今では立場が逆転してしまっていることに苦笑いをしそうになった。日常的に日本語を使う機会が少なく、彼女との会話も英語なために、男はまだ片言の日本語しか話せない。英語を教えていると、お返しに日本語を教えてくれようとする生徒も多くいるのだが、日本語は難しすぎると感じていて、いつも遠慮してしまう。子供たちがふざけて教えた「ガラの悪い」言葉なら、二三は覚えているが。
「Hey Mio. Do they speak English?(美央、彼らは英語を話せるのかい?)」
「I don’t know. Why, Kevin? Do you wanna give them an English lesson? Or you think I’d give them a hard time, talking in English?(分からないけど、なんでケビン?ここの人たちに英語のクラスでも開きたいの?それとも、私が英語を話して彼らをイジメルとでも思うの?)」
「Well, just checking…(いや、ただの確認だよ……)」
「I was just kidding. I will talk to them in Japanese. So you just sit there. Don’t you worry a thing, Alright? (冗談よ。日本語で話すわ。だからあなたはただ座ってるだけでいいわ。後は任せておいて)」
 男、ケビンは安堵しながら「Yeah, I know.(ああ、分かってるよ)」と笑顔で答えた。
女、美央は海外生活が長かったためか、日本語を話すのが面倒になる事があるらしい。それ以外にも、「これは性分だから仕方がない」と言われ、あまり口出しをしないでいるが、彼女にはひとつ困った性癖があった。ある種の日本人に遭遇すると、必ずと言っていいほど英語で捲くし立てるのだ。
 今日は大丈夫だろうと安心しながら、ケビンはガラス越しに店内を覗き込んだ。

(Chapter1-3 へつづく)

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ボストン大学のロゴです。

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ボストン大学のマーシュ・チャペルなどがある「マーシュ・プラザ」の写真です。
(※Wikipediaからの転載)

アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第3回 Chapter 1-3

  • Posted by: 高田
  • 2013年7月16日 16:24

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Chapter1-3

 目の前の自動ドアが開くと、ひとりの外国人男性が店から出てきた。店内の人間に、訛りのある英語で別れの挨拶をしている。どうやらフランス人らしい。ケビンは意外そうにそのフランス人を見てから、続けて店内に目を向けた。
 店の入り口付近には、派手な背広に身を包んだ小太りの男が立っていて、フランス人に向けていた愛想笑いを顔に張り付けたままケビンと美央を見た。もう一人の社員らしき男性も、自動ドアのボタンを押して閉まらないようにしながら、外にいるケビンと美央に微笑みかけている。ケビンと目が合うと、小太りの男性の愛想笑いが引きつった笑みに変わった。
 ケビンは慌てて隣に立つ美央を見た。美央はフランス人の方を見ていたため、店内の様子には気づいていない。ケビンはこの先に起こるであろう光景を予感して、思わず天を見上げた。だが、ケビンが懸念している事態は、店の中ではなく店先で起ころうとしていた。
 外へ出てきたフランス人男性と、歩道を歩いていた50歳前半の男性が、店を出て5メートルほどの場所でぶつかってしまった。慣れないスマートフォンを弄りながら歩いていた日本人男性は、近づいてくるガイジンを見て慌てて避けようとしたのだが、フランス人男性と日本人男性は同時に同じ方向に移動してしまい、そのままぶつかってしまった。
 日本人男性の手からスマホが落ちて、ガシャンと地面で音をたてた。地面に転がる自分のスマホを見て、日本人男性が目を剥いた。
「あーっ!」
「ス、スイマセン……」
 フランス人が急いでそのスマホを拾い上げて、日本人男性に手渡す。
日本人男性は、フランス人をひと睨みして何かを言いかけたが、すぐに目をそらすとそのまま目を合わせないようにして歩き去ろうとした。すると、突然美央が男性の前に進み出て言った。
「He said “excuse me” to you in Japanese, right? Even if you don’t speak English, at least you could say “thank you” in Japanese. Don’t you think? (相手は『すみません』って日本語で言ったのよ。英語は話せなくても、最低でも『ありがとう』くらい日本語で言えるんじゃない?)」
 恋人の剣幕を見たケビンは、小さくため息をついた。これが彼女の困った性癖だった。中高年の英語を苦手とする世代は、ガイジンを見ると関わらないようにそそくさと逃げて行ってしまう。美央はその様が大嫌いだった。そして、彼女はそういう人物を見つけると、故意に英語で話しかけるのだ。

(Chapter1-4 へつづく)

アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第4回 Chapter 1-4

  • Posted by: 高田
  • 2013年7月20日 01:39

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Chapter1-4

「And you have something to say to him, right? Why could you say in Japanese? You gotta say what you gotta say. You know what I mean?(で、彼に何か言いたい事があるんじゃないの? 日本語で言えば良かったじゃない。言いたい事は言うべきなのよ。分かる?)」
 日本人男性は、ビックリして丸くなった目を美央に向けていたが、何かの勘が働いたのか、恐る恐るフランス人男性の方を振りかえると、頭を小さく下げて、「……サンキュー」と言った。フランス人男性も同様にビックリして立ちつくしていたが、「ハ、ハイ……」と同じように頭を下げた。
「That’s more like it. Are you sure, you don’t wanna complain about your smart-phone? Well, let me see… (そう、それでいいわ。本当にスマホの事で文句言わなくていいの? ちょっと失礼……)」
 そういうと、美央が日本人男性の手の中のスマホを覗き込む。
「It’s just a scratch. No harm done. Well, I think you can go now. (大したキズじゃないわ。心配ないわね。じゃあ、もう行っていいわよ)」
 美央が男性の前から退いて、道を譲った。
 日本人男性は、目をパチクリさせると、「サ、サンキュー」とひとこと言って美央に会釈をすると、急ぎ足で去って行った。
 フランス人男性が美央とケビンの前へやって来ると、
「Thank you. But you didn’t have to do that. He’s just shy, you know? (ありがとう。でもあそこまでしなくてもよかったんじゃないかな。彼はシャイなだけなんだから)」
 と、フランス人男性が美央に向かって言った。
「Excuse me, but do I look American to you? (あら、私、あなたにはアメリカ人にでも見えるのかしら?)」
 美央がフランス人男性を見ると、挑むように腰に手を当てた。
「…Well, more like Japanese… (いや、どちらかというと日本人かな……)」
「Thank you! If you get my point, you should leave now. OK? Bye-bye. (でしょ?これで私の言いたい事分かるわよね?じゃあ、バイバイ、さようならー)」
 美央はまだ何か言いたそうなフランス人に手を振って追い払うと、困った顔をしながら横に立っている恋人を見上げた。
「Sorry about that. Shall we? (お待たせ。じゃあ、入りましょう)」
 美央はケビンの返事を待たずに店内へ入って行った。

「いらっしゃいませ!」
 店の奥にいた社長らしい恰幅の良い男性が、ケビンと美央を店内へ招き入れようと席から立った。にこやかにほほ笑みかけているが、店の外で起こっていた出来事には気づいているらしく、どことなく表情が硬い。
 フランス人男性の相手をしていた小太りの男性は、二人組の客と社長を交互に見ながら、当惑顔をし続けている。
「予定より早く来ちゃいましたね」
 小太りの男性、油井(あぶらい)の露骨な拒否反応を見て、社長が囁いた。
「今日は、さっきのフランス人だけって話したよね。俺、もう上がってもいいんですよね?」
 油井が背後に立つ社長に小声で話した。
「たしかこの人たち、日本語話せはずなんけど……、念のためにちょっと待ってもらえます?」
二人が店に入って来ると、油井が再び露骨に迷惑そうな顔をした。
それを見た美央の表情が硬くなる。ケビンの体にも緊張が走った。
 社長が接客用テーブルのイスを引きながら、
「さ、さ、こちらへお掛け下さい」
 と声をかけた。
 美央は社長を見ていない。目の前の油井に微笑みかけている。ふいに手を指し出すと、言った。
「Hi, nice to meet you. You must be the one to show us the rooms today, right? We have a whole day today, so we’re expecting to find something really good. And hopefully do the paper works too.(はじめまして。あなたが今日部屋を見せてくれる人ですよね。今日は一日空けてあるので、いい部屋を見つけられる事を期待しています。申し込みまでいけると嬉しいですわ)」
 油井は、苦笑いを浮かべながら美央の手を取った。油井の掌は汗をびっしょりとかいていたが、美央はそれを気にする素振りを全く見せない。
 どうやら、今日は英語でいく事に決めたらしい。ケビンは、美央に気づかれないように再び小さなため息をついた。

(Chapter2-1 へつづく)

アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第5回 Chapter 2-1

  • Posted by: 高田
  • 2013年7月31日 16:10

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Chapter2-1

「この町に探偵事務所なんて、似つかわしくないよ。ダメだよ、ダメ」
「素行調査とか浮気調査とかさ。なんかイヤなんだよね、そういうのってさ」
「ここは風俗なんか無いし、大人の町だしね」
「アンタ、それ当たり前でしょ。ここでは認められてないんだから」
「あれ、前に商店街にパチンコパーラーがあったでしょ。あれは……」
「パチンコと風俗を一緒にしてたのアンタ? 別モンでしょうが」
「ああ、風俗といえば幡ヶ谷とか笹塚の方にはありますよね。一度行ってみたいなぁ、なんて思ってたんですよね」
 代々木上原駅前商店街の町内会の面々が、一帳羅の光沢のある銀色のスーツに身を包んだ油井を一斉に振り返った。油井の丸い顔に浮かんでいた笑顔が、一瞬で凍りつく。
「いや、ウソですよ、ウソ。ちょっと場を和ませようかなぁー、なんて思ったりしまして……、スイマセン……」
 アブソルート代々木上原探偵事務所所長の油井と、事務所が入る予定のビルを管理している不動産会社の社長、それに数名の商店街の重鎮たちが代々木上原商店街の通り沿いにある集会場に集まっていた。商店街に探偵事務所を開く事に対する理解を得ようと、不動産会社社長が話し合いの場を設けたのだ。
まだまだこの町では若輩者にあたり、気を利かして町内会のメンバーの一人に意見を聞いてみたのが、運のつきだった。知らぬ間に「騒ぎ」が広がり、緊急集会を開かざる得なくなってしまった。
 油井の発言に苦笑いをしながら、不動産会社社長が言った。
「でもですね、大手町の企業からの社員の身元調査が主な仕事だという話ですし、ビルの案内板には『探偵事務所』という名前を出さないという約束もしてくれていますので……」
「そりゃあ、アンタんトコは、空室を埋めたいんだろうけどさぁ」
「いえ、ほとんど慈善事業みたいなものです」
 不動産屋の社長が断言した。
「本来ならウチの4、5階の部屋は、セット貸しが前提なんですよ。それも小さい方の5階だけを借りるっていうんですから。で、5階にはトイレがないので、トイレはウチの一階の事務所を使うんです。こちらもかなりの譲歩をしているんです」
 油井が社長の横でバツが悪そうにしながら、手で頭を掻いている。
「あんたは貸主だ。私らがどうこう言う筋合いはないんだが、まぁ、町の人たちとのトラブルは誰も望んでいないだろうし、付き合いってのも大事だからねぇ」
「犯罪を町に呼び込むような業種はお断りだよ」
「あらためて言いますが、看板は出さないんですから、大丈夫です」
 社長は故意に強調して言った。それは、<どうせすぐダメになって、いなくなりますから>というニュアンスを言外に含めている。しかし、この発言は油井からは承諾済みで、町内会からの反発を懸念していた社長が、「最後の手段」として用意していたものだった。そんな事には全く気づいていないふりをしながら、油井は社長の隣でニコニコと微笑んでいる。
 町内会のメンバーが、顔を見合わせた。リーダー格らしい老人が小さく頷くと、
「看板の件は絶対守って下さいよ。商店街でのビラ配りなんかもゼッタイお断りしますからね。それでもいいなら、後はそちらの社長さんに任せますよ」
「ありがとうございまーす!」
社長が口を開くよりも早く油井が元気よく頭を下げると、町内会のメンバーは苦笑いをしながら席を後にした。
 晴れて「株式会社アブソルート探偵事務所」が「株式会社アブソルート代々木上原」の名のもとに開設され、約2年半の月日が流れた。しかし、本業である探偵業では油井が見込んだような収入は全く得られず、本当に「すぐいなくなる」状況に追い込まれてしまった。現在でも複数の副業を持つ身だが、そのひとつが1階の不動産屋でのアルバイトだった。

(Chapter2-2 へつづく)

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年中行事の催し物の際に活躍する「上原駅前会館」です。数年前に建て替えられてオシャレになりました。

アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第6回 Chapter 2-2

  • Posted by: 高田
  • 2013年8月28日 01:14

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Chapter2-2

 接客用テーブルのイスに並んで座っているケビンと美央を、油井は立ったまま見下ろしていた。社長を振り返えると、目と表情で語りかけた。
油井が<これは俺の担当じゃないでしょ>という困惑と不満の混ざった顔を見せると、
「あのう、失礼ですが、日本語は大丈夫でした、よね?」
 と、社長がその懐疑的な口調とは裏腹に、営業用スマイルを作りながら二人に尋ねた。
 美央とケビンが顔を見合わせた。ケビンの表情はどこか不安げだ。美央は、そんなケビンの表情を見ながらも、いたずらっぽくウィンクをしてから社長を振り向き、
「Excuse me? (なんですか?)」
 と、英語で切り返した。
「Mio, that’s not a good idea… (美央、やめた方が……)」
 美央の左の眉が不愉快そうに釣り上った。それに気づいたケビンは、諦めたように口を閉じた。
 社長は、「あっちゃー」とは声には出さなかったが、まるでそれを故意に周囲に伝えるかのように口の形を歪めながら店内にいるもう一人の男性社員を見た。
「でも社長、メールは日本語でしたけど……」
「うーん、困ったなぁー。―――じゃあ、仕方がない」
 油井の方を見ると、
「引き続きお願いしますね」
 と、一応申し訳なさそうな表情で言った。
「……」
 油井が抗議しようと口を開きかけると、社長はあらかじめ用意していた「アメ」を油井の鼻先にぶら下げた。
「油井さん、お昼まだでしたよね。とんかつ弁当、頼もうと思っているんですけど、ご一緒にどうですか?」
 油井の表情が一瞬和らいだが、慌てて不信感を色濃くした目を社長に向けた。
「……とんかつ工房?」
「武信(たけしん)」
「……了解」
 社長がにっこりとほほ笑みながら油井に頷いた。
 油井は、ひとつ咳払いをすると、
「イクスキューズ・ミー・フォラ・セカンド。(ちょっと失礼します)」
 とケビンと美央に向かって言うと、奥のバスルームへと向かって行った。

 ケビンは、少し困ったように美央を見て、
「Hey Mio. Why did you do it? We need their help, you know? You’d better speak Japanese from now on.(美央、なんで英語なんだい? 僕たちは彼らの助けがいるんだよ。これからは日本語で話をするべきだよ)」
 と、小声で言った。
「I know what I’m doing. So don’t worry. (ちゃんと理由があってやっているの。心配はいらないわ)」
 ケビンが小さく首を振った。
「No, you don’t. You just snapped. That’s all.(いいや、君はキレちゃっただけだよ)」
 美央がケビンを睨んだ。が、すぐに顔を背ける。
「I had a hunch that the boss here seems a bit timid to English speakers. So if we pretend we don’t speak Japanese, he would do…, you know? (ピンと来たのよ。ここの社長は外国人が苦手で、私たちが日本語を話せないと分かれば……、ねぇ分かるでしょ?)」
 ケビンが無情にも首を振と、
「All right! Alright! You may be right. But that guy made me do it, you know. (分かったわよ。あなたが正しいのかもしれないけど、あの男がそうさせたのよ)」
 美央が大きなため息をついた。
「Then you know what to do, right?(もうどうすべきか分かっているよね)」
「I’ll think about it… (考えておくわ……)」
 二人の会話を驚いた顔で聞いていた社長は、美央と目が合うと困ったような笑みを浮かべた。それに気づいた美央は目を伏せてしまい、ケビンも社長同様にぎこちない笑顔を浮かべたが、すぐに店内に設置されているスライド式の大きな周辺地図に目を向けた。

(Chapter2-3 へつづく)

アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第7回 Chapter 2-3

  • Posted by: 高田
  • 2013年9月 2日 19:44

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Chapter2-3

 事務所の奥には人ひとりが立てるだけのスペースがあり、そこが給湯室兼トイレになっている。油井はそこに立ちながら、背広の内側に付けられている隠しマイクに向かって小声で話し始めた。話し相手は、探偵事務所のパートナーであり、唯一の調査員である塩沢だ。
「塩沢、聞こえてるか? 悪い。もう一回頼むことになりそうなんだが、いいか?」
 油井の顔には、「ウンザリ」といった嫌悪感が丸出した。
『俺は構わないが、本当に通訳が必要か? あの女性客の方、日本語を話せると思うんだが』
 4階の事務所にいる塩沢の声が、耳に取り付けた小型イヤフォンから聞こえてきた。
「なにー、マジかよ!」
 油井は思わず大声を出してしまった。
「つーか、なんで分かんだよ? あのふたり、コソコソと何か英語で話しでもしてたのか?」
『相手はお前が多少は英語を話せると思っているんだ。そんな話を目の前でするはずはないだろう』
 油井が「またか」といった風にうんざりとした顔で天井を見上げた。他意はないのだが、塩沢は油井の指摘を、「的外れ」としてストレートに粉砕する傾向が多々ある。
『一緒にいる外国人男性が、女性の行動に戸惑っている様子が聞こえてきた。あれは、予定していた事が狂った時に出る声のトーンだ。不動産屋に来て、予定と違う行為をとるなんて、そうそうあるものじゃない。メールは日本語で返信してきたんだろう? その際に英語対応が必要ならあらかじめ明記しておくだろうし、もし外国生まれでも、日本語には問題がないという表れのはずだ』
「じゃあ、なんで英語なんだよ。気取ってやがんのか?」
『店の前での騒動からして、勝気で多少好戦的な性格なのかもしれないな。それに、海外には『礼金』という概念は無いし、日本語での回りくどい交渉より、英語の方がストレートで性にあっているからか。もしくは何かしら彼女を怒らせる要素が、事務所側か、お前の方にあったのかもしれないな』
「なんだよそれ。んなわけねーだろ! ただ単に、英語が話せない奴をバカにしてんだろ? ここに来るガイジン客は礼儀正しいヤツばっかで、あんな対応をするヤツに初めて会ったぜ。それによ、日本語を話せない入居者は大家に面倒がられるって、知らねーのかよ。アホくせー。いい加減こんな仕事から解放してほしいぜ」
 油井の声は抑えようとしながらも、徐々に大きくなっていく。
『油井、外に聞こえるぞ』
油井が大きなため息をついた。
『それに、本業の仕事が増えない限り、辞めるのは無理だな』
「……」
 塩沢の淡々とした物言いに反論する気もおきず、油井は目を閉じて腕組をした。

(Chapter2-4 へつづく)

アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第8回 Chapter 2-4

  • Posted by: 高田
  • 2013年9月 4日 21:20

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Chapter2-4

 「探偵事務所」の看板をだせない探偵事務所に、飛び込みの依頼が入る事はない。その代わりに、インターネットをメインとした宣伝活動を行う事でその穴を補おうとしたが、大手の探偵事務所の宣伝力に叶うはずもなかった。赤字続きの現状には故意に目を塞ぎ、ネットのショッピングサイト内の欲しい物リストの数ばかりが日々増えていく。しかし、その未購入の品物たちに囲まれる生活の妄想が膨らむばかりで、油井の欲求不満はたまっていく一方だ。
 そもそも、「大手町の企業からの身元調査依頼」というのは、町内会の老人たちを説得するために作ったでまかせで、実はそのようなコネは持っていない。基本的には、仕事のノウハウを盗むために短期間務めていた大手探偵事務所から、恥を忍んで仕事を回してもらっている。それ以外にも、代々木上原駅前の派出所に勤める知り合いの警察官から小さな依頼を受けたりしているが、それでも安定した収入源とはならず、その結果として家賃滞納の常習犯となり、不動産会社の社長から交換条件として提示されたのが、この「英語を話せる社員の役」をするという仕事だった。
 その他にも、代々木上原周辺在住および町にやって来る有名人のプライベート写真を撮って、知り合いの「情報屋」を通じて、写真週刊誌に買い取って貰ったりしてもいる。撮られた側には全く気付かれる事はなく、かなりきわどい写真を撮る事も出来る。これもひとえにパートナーの塩沢が持つ特殊能力のなせる技なのだが、塩沢自身は全く乗り気ではない。
 これらの副業によって収入も増えたこともあり、トイレ付の4階の部屋も合わせて借りられる身分にはなったが、いまだに収入が不安定である事には変わりがなく、1階の社長に仕事を頼まれるとイヤとは言えない関係が出来てしまっていた。
 探偵事務所の唯一の調査員である塩沢は、アメリカに長年住んでいた経験があり、英語を話す事が出来る。そのことを知った社長が塩沢を助っ人社員として雇おうとしたのだが、油井を通じて一度断られた経緯がある。塩沢は人前に出ることを極端に嫌う性質があり、同じビルにいる社長ですら塩沢を見た事は一度もなく、どんな風貌なのかも知らない。
 当初、家賃滞納は油井自身の問題だという事で、塩沢は我関せずという態度でいたが、油井にしつこく懇願されてしかたなく協力することになった。こうして、宝の持ち腐れとなっていた小型マイクと米国シークレットサービス風のチューブ付きイヤフォンを使っての、二人羽織的な「英語を話す社員」が誕生したのだった。
 接客業という事もあり、イヤフォンが隠れるように、油井は耳まで隠れる長髪のかつらを被っているが、かなり見苦しい風貌になってしまっている。接客の観点からは逆効果といえなくもいないが、今まで会ってきた外国人客は気にしていないようだった。
 やり方は、日本人相手の接客と変わることはない。初めてのお客であれば、希望の条件などをヒヤリングして、その条件に合う物件情報を見てもらい、内見を希望すれば一緒に見に行く。外国人客の場合は、大概あらかじめ送ってある物件情報を来店時に再確認してもらい、その中から興味のある物件を一緒に見に行く。
 会話中は相手の話に頷きながら、油井が「イェヤー(Yeah)、アーハッ(Uh-huh)、アイスィー(I see)、ライト(Right)」などの相槌を織り交ぜながら聞いているふりをする。すると、話の内容を聞いた塩沢がゆっくりと返答する言葉を油井に英語で伝え、それを油井がオウム返しの様に相手に伝える。相手に伝わっていない場合、油井がひとつ咳払いをすると、塩沢が同じセリフをリピートするか、さらに簡単な表現に変えて伝えなおすという仕組みだ。
 1階の社長は、この「二人羽織」の事は承知している。が、あまり細かい事にこだわらない性格らしく、「バレなきゃいいですよ。でも、お二人にこの仕事を勉強してもらう事になりますけどね」とあっさり了承してくれた。そもそも単独で来店する外国人客がほとんどいない。1人で店に入って来る外国人客は、大抵すでに日本語が堪能だったり、まだ話せない場合は、日本語を話せる友人を連れてきたりするので、あまり油井の出番はなかった。
 楽をして生きる事を第一義としている油井にとって、今回の様な「日本語を話せないふりをする外国人客」というのは初めての事ではあるが、面食らうよりも先に厄介事を持ちこんできた不届き者にしか見えない。ただでさえ嫌々仕事をしている所に、意味のわからない行動を取る客の存在が、油井のイライラを膨れ上がらせている。

 カチャカチャとティーカップをスプーンでかき混ぜている音がマイクから聞こえてきた。
「呑気にミルクティーなんか作ってる場合かよ」
 油井が天井を睨みつけた。
 油井のキツイ口調を気にする様子もなく、塩沢が言った。
『ドアの隙間から、今の二人の様子を見てくれ』
「はぁ? なんでだよ?」
『現状を把握するため』
 油井は不満そうにしながらも、言われた通りにそっと室内の様子を窺った。ケビンと美央はバツが悪そうに黙って座っており、社長、社員を含め、誰も会話をしていない。店内にはソフトな洋楽が流れているのみだ。社長は、客の態度の変化に戸惑いながら、油井がいる給湯室の方角を「まだかまだか」と見つめている。
 油井が、再びドアをそっと閉めると、
「……なんか、あの女、さっきほどは元気なさそうだな。いや、どっちかっていうと、ションボリ、って感じか?」
『なるほど』
「『なるほど』ってどういう意味だよ?」
『意外にも彼氏に注意でもされたかな。どうだ、彼女、反省しているように見えないか?』
「さぁな。どうでもいいよ。何であれ、俺はこの仕事を早く、楽に、終わらせたいだけだ」
『じゃあ、どうする? 日本語を話すよう仕向けてお役御免となるか、このまま英語で接客をするか。俺はどちらでも構わないが』
「チッ、どっちもかったりーなぁ。―――まぁ、『昼飯』は確保したんだし、あきらめて仕事するか……。じゃ、ヨロピクー……」
 力なく給湯室から出ていこうとする油井の耳元に、『もしあっちが日本語でしゃべりだしても、こっちはわざと英語で続けてみるか?』と、塩沢がめずらしく冗談を言った。
「……いや」
 油井の目に突然いやらしい光が宿り始めた。
「俺にイイ考えがある。何かあればいつもの様に咳払いをする。いいな?」
 そういうと、油井は満面の笑みを浮かべながら事務所内へ戻って行った。

(Chapter3-1 へつづく)

アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第9回 Chapter 3-1

  • Posted by: 高田
  • 2013年9月16日 11:41

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Capter3-1

「では、お車でご案内しますので、どうぞこちらへ」
 男性社員がケビンと美央に声をかけると、
「お願いします」
 と、美央が日本語で答えた。急に日本語を使い始めたことに対して、悪びれた様子は全くない。
 美央が油井を見て小さくほほ笑んだ。油井を見る目から嫌悪感が消えていた。デスク越しに美央とケビンを見つめる油井の顔にも、ホッとしたような笑みが浮かんでいる。ただなぜか、油井はイヤフォンを隠すかつらを被っていなければ、そのイヤフォンも外してしまっていた。
 男性社員に手を上げて合図をすると、ケビンが油井のもとへ来て手を握った。
「Thanks for your help. And sorry about what happened earlier.(色々と有難うございました。さっきの事は本当に申し訳ありませんでした)」
「イッツ・オーケー。(気にしないで下さい)」
 数秒の間を空けてから、油井が答えた。塩沢からの助けなしで答える際に、便利に使っている簡単な英語のセリフだ。前の文脈に照らし合わせて、色々と意味を変えてくれる。
 ケビンに続いて美央も油井の前までやって来ると、
「さっきのアレ、サイコーでした。今思い返してもまだ笑えますもの」
 と、1時間半前とは別人のようなフレンドリーさで、油井の手を取った。
 油井は、嬉しいのか嬉しくないのか判断のつかない微妙な笑みを浮かべている。
「たぶんご近所さんになると思うので、今後ともよろしくお願いしますね」
「オーケイ、です」
 油井はどこかアンニュイな表情を残しつつも、いつものクセでキザなポーズを決めながら片手を上げた。
 美央がケビンを促してから出口へ向かって歩き始めた。が、すぐに油井を振り返り、
「あと、上にいるパートナーさんにもよろしくお伝え下さい」
 と、意味ありげな視線を油井に投げてからから店を後にした。
 強張った笑みを浮かべながら、油井が小さく頭を下げた。
「いってらっしゃいませー」
 美央達が店から出ていくと、油井の隣に立っている社長の顔から営業用スマイルが消えた。無表情のまま油井の横顔を見る。
「油井さん、バレちゃったんですか?」
「……いや、ちょっと、まぁ……、ハイ……」
「とりあえず、ご苦労様でした」
 社長が油井の肩に、ポンと手を載せた。
「で、いつバレたのかは知りませんけど、お客さん、気分を害してませんでした、よね? まぁ、怒ってはいなかったので、大丈夫だとは思いますけど。今回の様な事が頻繁に起こると、店の信用にかかわりますんで。念のため、塩沢さんに再度事務所にお越しいただけるよう説得していただけません? 」
「……それは、無理だと思いますよ、絶対に。アイツは、そもそも接客は出来ない人間なんで……」
「……」
 社長は油井の話を聞いているのかいないのか、眠そうな目で油井を見ている。
「わかりました。では、次回からは気をつけて下さいね。お弁当は、次回でもいいですよね?」
「はい……」
 多少バツが悪そうな小さな声で油井が答えた。
「お疲れ様でした」
 油井は席に戻って行く社長の背中を見つめながら、ここ1時間半の間に起こった様々な出来事を思い返していた。

 塩沢と相談をして給湯室から出てきた油井は、「ウソつき」の美央を懲らしめてやろうと意気込んで出てきた。が、すぐには席に戻らず、店の奥にあるオーディオをいじくり始めた。普段からiPodを使用して店内に音楽を流しているのだが、セットリストを覚えていた油井は、その中からお目当ての曲を見つけると、普段の3倍のボリュームでその曲をかけ始めた。
 曲は、ビリー・ジョエルの「オネスティ」だった。
 油井は、曲のサビの部分が来るまでその場で待ち続けた。事務所内の全員が不思議そうに油井を見つめていた。
 曲のサビの部分がやって来た。すると、油井はオペラ歌手の様に大仰な動きをつけながら美央を指さし、口パクをしながら前へ進んで行く。

 …Honesty is such a lonely word.
 Everyone is so untrue.
 Honesty is hardly ever heard.
 And mostly what I need from you.
 (「正直さ」。なんて淋しい言葉なんだろう。
 みんなが本当に不実なのだから。
 「誠実さ」なんて、もうほとんど聞く事もなくなった。
 でも、それこそが、僕が君から欲しい物なんだよ。)

 油井が席の前まで来ると、呆気にとられていた美央とケビンが顔を見合わせた。油井は「どうだ!」と言わんばかりの自信に満ちた表情で、美央に手を差し伸べている。それは「誠実ではない」美央をダンスに誘っているように見えた。全てが滑稽なほど芝居がかっていた。
 美央を見つめるケビンの表情は、完全に凍りついていた。美央のウソが油井にはバレていたという事実に困惑し、どう切り出すべきか必死に考えていた。
 美央は感情を堪えるかのように、グッと息を殺していて、今にも泣きそうな表情をしている。
<勝った!>
 油井が内心で勝利宣言を上げた直後、美央がプッと噴き出して大笑いした。

(Chapter3-2 へつづく)

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ビリー・ジョエル「オネスティ」収録のアルバムです。素晴らしい曲です。ちなみに歌詞の対訳は、自己流なので、一般に出回っているいる物とは多少違います。

アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第10回 Chapter 3-2

  • Posted by: 高田
  • 2013年9月24日 11:07

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Chapter3-2

 美央の豪快な笑い方に油井が眉をしかめると、慌ててケビンが美央の体をゆすって止めさせようとした。しかし、どうやらツボに入ってしまったらしい。美央は、止めたくても止められないというように、ケビンの体に抱きついてヒィヒィと苦しそうに笑いつづけている。
 油井は奇妙な敗北感に身を浸しながら、美央に差し出した手をすごすごと引っこめた。
 油井を勘違いさせた美央の「泣きそうな表情」は、単に笑っては悪いと必死に我慢していたためのものらしい。
 油井に「ちょっと待って」というジェスチャーを見せると、美央は大きく深呼吸をしながら息を整え始めた。
「I’m, I’m sorry. I didn’t mean to laugh, but… Well, come on! It was funny as hell, so don’t blame me! OK?(ごめん、ごめんなさい! 笑うつもりはなかったのよ……。でも、仕方ないと思わない? ホンットに面白かったんだから。私を責めないでよね!)」
 困惑しながら美央を見つめている油井の耳に、塩沢の声が聞こえてきた。
『お前がどんな動きを見せたのか知らないが、死ぬほど笑えたらしいぞ』
 笑われていた事は明白だったが、塩沢の一言で油井の全身から汗が噴き出し始めた。
 ケビンは油井に何かを言いかけていたが、どうやら言葉が出こないらしい。油井と美央を交互に見ながら困り果てている。そんなケビンをひと睨みすると、大きな咳払いをひとつして、美央が改めて油井を見た。
「笑ってしまって、ごめんなさい。―――それから、日本語が話せないフリをした事、謝ります。申し訳ありませんでした」
 油井は顔を強張らせたまま無反応でいるが、背後に立っている社長は、緊張が解けてホッとした表情を見せた。
「悪気はなかったんです。ただ、私の悪い癖で、『ガイジン』を見てイヤな顔をする日本人って、piss me off、いえ、なんか腹が立っちゃって……。あなたは英語を話せるみたいだし、その手の人達とは違うはずですよね? お店の前でイライラさせられる出来事があったばかりで、その時の感情を引きずっていた私が悪かったんです。ごめんなさい」
 美央の謝罪に多少は気を良くしたのか、油井の気持ちに余裕が出てきた。
「いや、まぁー、私も大人げなかったかもしれません。あんなやり方で自白を強要させてしまったみたいで……」
「いえいえ、アナタのあの切り返し方、サイコーでした。私の完全な負けです」
「サ、サンキュー……」
 褒められる経験が少ない油井は、ストレートに自分を認める美央から思わす目を逸らして、赤かった顔をさらに赤くさせた。
「じゃあー、日本語での接客は彼に任せて、内見する物件を決めましょうか」
 場が和んで来たタイミングを見計らって、社長がもう一人の男性社員に引き継ごうとした。すると、美央が少し不服そうな表情で、
「私、アメリカでの生活の方が長くて、油断するとつい英語が出てきてしまうんです。それに隣の彼は、まだあまり日本語が分かりません。英語と日本語を交えての話し合いか、もしくは英語のみでの会話の方が手間が省けます。この方に話を聞いていただく方が、色々と都合がいいと思うんですけど、他に約束でもあるんですか?」
「えーっと……」
 社長と油井が顔を見合わせた。油井の目は「ノー」と言っている。が、社長はそれを無視して美央に愛想笑いをした。
「はい。彼には別の予約が入っていますので、内見する物件を選ぶまでは油井にサポートさせていただいて、内見は別の者に任せる、ということでもよろしいですか?」
「ええ、分かりました。それで構いません」
 美央は「仕方ないわね」という表情を隠さずに、肩をすくめながら返事をした。
「社長、ちょっと話が……」
 油井が社長を店の奥へ連れて行こうとした。社長は油井を見ることなく、ドアの外を見つめながらポツリと言った。
「ヒレかつ弁当、頼んでおきましょうか。私は『竹』にしますが、油井さんは?」
 油井の足が止まった。
「……『松』で、お願いします」
 美央とケビンを振り返った油井の顔に営業スマイルが戻っていた。接客モードに切り替わると、ひとつ咳払いをして、
「ではあらためて、よろしくお願いします」
 と、席に着こうとした。
 そこへ、油井と社長の話に耳を傾けていた美央が、ふいの二人に向かって質問した。
「先程から、お弁当の話をされていますよね。そのお店、そんなにおいしいんですか?」
 イスに腰掛けようと中腰で固まったまま、油井が社長を振り返った。
「ええ、おいしいです、よね?」
 返答をしながら、社長が油井に問いかけた。
「味と値段のバランスがいい、と思います。まぁ、私はお弁当が中心なので、お店で出来たてを食べるともっとおいしいんですけどね……」
「じゃあ、そこで食事しながらお話しましょうよ。私達もお昼ご飯まだなので。ご一緒に、どうですか?」
 美央が油井に向かってニッコリとほほ笑んだ。

(Chapter4-1 へつづく)

アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第11回 Chapter 4-1

  • Posted by: 高田
  • 2013年10月 3日 11:34

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Chapter4-1

 油井がアルバイトをする不動産屋のビルの斜め前に建つ、4階建てのマンションの1階と2階に「とんかつ武信分店」が入っている。本店は川崎にある。懐かしさと新しさが同居する代々木上原界隈で、和洋折衷デザインの「とんかつ武信」は、目立ち過ぎることのないちょうどいい店構えをしている。
 昼食時を過ぎていたが、3分の1ほど席が埋まっていた店内には、揚げ物の良いにおいが漂っている。店内のインテリアも、店構え同様にほどよく和と洋がミックスした清潔感のあるデザインで、奥行きもあり、外観から窺うよりも広々とした空間が広がっている。
 <俺は何やってんだ、こんな所で?>
 2階のテーブル席でじっとメニューを見つめながら、油井は自分の浅はかな行動を後悔し始めていた。実は、メニューを見るふりをしながら、出来るだけ無駄な世間話をしないで済む方法を模索していた。
 油井の目の前に座っているケビンと美央は、すでに注文を済ませていて、タブレットPCに映し出された物件情報を確認し合っている。誘ったのは自分だからと、美央が食事を奢る約束でここへ来た。油井は辞退こそしなかったものの、遠慮をして、とんかつメニュー中で一番安いロースかつ膳の「梅」を注文した。しかし、美央が一つ上の「竹」を注文したので、結局はみんな一緒の内容になった。
<この状態は、ゼッタイにマズイ……。っーか、メシが不味くなる!>
 油井は平静を装っているが、内心ではかなりの動揺が起こっていた。食事に誘われた時には、目先の獲物につられてほぼふたつ返事でOKしてしまったが、当初はそれでも何とかなるだろうと軽く考えていた。しかし店に入った瞬間から、自分の知っているパターンから逸脱した会話が展開され始めて、時間の経過とともにうまくこなす自信が急速に薄れて始めていた。
 いくら塩沢のサポートがあったとしても、発音しなれていない言葉をスムーズに言う事は出来ないし、決まり文句以外の言いなれないフレーズや単語を使う場面が多くなれば多くなるほど、ボロが出る可能性が大きい。それに、日本語ならまだしも、食事をしながらでは会話に対する集中力が途切れがちで、まず間違いなく豚肉のうまみや衣の揚げ具合などに注目してしまうに違いない。そもそも、約30年の油井の人生の中で、一番嫌いな事は働く事であり、一番好きな事は食べる事なのだ。
<こんな状態でここの飯を食べるくらいなら、まだテイクアウトの方がましだったかも……>
 油井の目は、「お弁当」ならば注文できるはずだった、ヒレかつ膳の「松」と「桂」を見比べた。
会話に使われる英語は、それほど珍しい単語を使うことなく成立する。塩沢もその辺りを承知した上で会話文を構築した上で、油井へ伝えている。しかし、このシチュエーションでは、自分から発言をして会話を進めていく事が出来ない以上、早く食事を終わらせるか、仕事中心の会話で済むように祈るばかりだ。
<でも、なんで社長は許可を出したんだよ? 考えたらおかしな話だろ。自分が弁当を奢らなくて済むからか? それとも、単なる気まぐれなのか。いや、俺がボロを出したら、客を逃がすことになるかもしれないんだ。それはない。―――これで俺にヘマをさせて、それを機に縁を切ってビルから追い出そうとしているのか……?>
 メニューを見ながら油井がブツブツ言っている姿を、美央とケビンが不思議そうに見ていた。
「Do you want to change your order? (注文、変えます?)」
 美央が問いかけた。
<あー、さっさと飯食って、はやく帰りてぇ>
 油井は美央の問いかけには気づかないまま、険しい表情でメニューを睨んでいる。
「Hello? Aburai-san? (油井さん?)」
『油井、話しかけられているぞ』
 慌てて美央とケビンを見ると、美央が怪訝そうに油井を見ている。
「ソ・ソーリー。アイ・アイ……」
『油井、復唱しろ』
 耳元から聞こえてくる塩沢の声を、何も考えずにリピートした。
「オー・ソーリー。アイワズ・ジャストシンキングアバウト・マイネクストアポイントメント。アンフォーチュネイトリー・ウィ―ハヴ・レスザン・ワンナウア。ソー・レッツディサイド・ウィッチワン・ウィールゴーアンドシー。(スミマセン。次の予約お客さんの事を考えてしまっていて……。残念ながら、1時間ないくらいの時間しかないので、どの物件を見に行くのか決めましょうか)」
『取りあえず仕事の話だけで済むように持っていく。事務所にいるつもりでやればいい』
 まるで自分の心を読んでくれたのかと、この時ばかりは塩沢に感謝しながら、油井は冷静さを取り戻すよう小さく深呼吸をした。
しかし、ニッコリと微笑んだ美央が返した返答は、油井にとって地獄の始まりにしか感じられなかった。
「Well, actually we’ve already picked three places we want to go check. So why don’t we enjoy the foods. We wanna know more about you. So tell us about yourself. Where did you learn English? (いえ、もう見に行きたいお部屋は3つ選んだので、それよりも食事を楽しみましょうよ。それにあなたの事もお聞きしたいわ。で、どちらで英語を学んだの?)」
「……ハァ?」
 塩沢から美央の言葉の内容を聞かされた油井は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

(Chapter 4-2へ つづく)

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雰囲気のある夜の「とんかつ武信」。トップ写真は内階段の吹き抜けの様子です。

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「とんかつ武信」の「ロースかつ膳 梅」と奥が「カキフライ膳」です。おいしく頂きました。


アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第12回 Chapter 4-2

  • Posted by: 高田
  • 2013年10月30日 23:41

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Chapter 4-2

 油井はごまかそうと慌てて咳払いをしたが、その不自然さを隠す事は出来なかった。急激な緊張と不安に襲われた油井の背中には、大量の汗が噴き出し始めていた。様々な支払い請求の督促状が来た時以上の動揺が、体の中で渦巻き始めた。
 そんな油井の様子を見ながらも、美央は何かを期待するような目つきで微笑みかけている。
<……なんだよ。なんなんだよ。今日の俺はちょっと魅力的すぎるのか?よりによって、彼氏付きの、それも帰国子女にアピールしちまったのか……? 俺の好みでは全くないが……。で、なんで塩沢は黙ったままなんだよ? 「ヘルプミー」状態なのは分かってんだろが!>
 油井がもう一度故意に大きな咳払いをしながら「シオザワ!」、と怒鳴った。だが、マイクの向こうは沈黙を続けるのみで、何の反応もない。
「い、いやぁー、参ったなぁ……」
 と、今の心情をそのまま口にしながら、コップの水を飲み始める。
「僕の人生は『大河ドラマ』並みで、話し始めるとなかなか終わらないんですよぉ……」
 油井の日本語が理解出来なかったのか、ケビンが困ったように美央の横顔を見る。美央は油井の顔を正面に見据えたまま、その反応に少し残念そうな顔をした。
 ふいに塩沢の声がイヤフォンから聞こえてきた。
『さてこの展開、ある程度予想はしていたが、ちょっと急だったな。実はこんな時に何だが、お前のプライベートのこと、俺あまり知らないんだよ。急場しのぎででっち上げることもできるが、どうする?』
 油井は思わずため息をつきながら頭を小さく振った。
 ケビンが油井の様子を見て、慌てて言う。
「If you don’t feel comfortable talking about personal stuffs, that’s OK. We just talk business. Right, Mio?(もしプライベートな話をするのがお嫌なら、仕事の話だけで構いませんよ。そうだよね、美央)」
 ケビンが油井を安心させるような笑顔を見せながら、油井と美央を交互に見た。
「Well, I’m sorry but I don’t agree with you, Kevin. I think we should get to know each other better first. You know why? Because we got off on the wrong foot. So we may be already biased. If you don’t know the person well, how can you trust him? It may be just my habit, but I have to ask questions to whoever comes across my life. To get to know them, of course. So please, please don’t take it personally, OK? (申し訳ないけど、私はそうは思わないわ。最初にもっとよく知りあうべきなのよ。だって、私達、最初に色々と行き違いがあったし、そのせいでお互いを色眼鏡で見てしまっているかもしれないじゃない? 相手の事もよく分からないで、その人の事を信頼できると思う? 私の癖なのかもしれないけど、私は私の人生に関わる人たちみんなに質問しないと気が済まないのよ。もちろん、その人をよく知るためよ。だから、悪気はないの。お願いだから、理解していただける?)」
 まくし立てる様に話し始めた恋人の姿を見て、ケビンの笑顔が凍りついた。
「Here is an easy example of why it should be done. Let’s say, suppose we have a two year old child, and we hire a baby-sitter, which I’d never do such a thing though. And would you hire him or her without knowing them really well? This person could be some kind of wacko, you know? If this psycho did something terrible to my baby, I will kill them. I’m absolutely positive about that.(相手をよく知っておいた方がいいという分かりやすい例なんだけど、例えば私に2歳になる子供がいて、ベビーシッターを雇うとするわね。まあ、私はそんな事をする気はさらさらないけど、とにかくその人物を良く知らないで雇う事なんて出来っこないわよね? だって、変質者かもしれないでしょ? もし私の子供に危害を加えたら、私はそいつを殺すわ。それは確実よ)」
 苦笑いを浮かべて美央を見ていたケビンが、恐る恐る油井の方へ顔を向けた。油井は目を閉じながら相槌を打っている。真剣に聞いているふりをしているだけなのだが、ケビンには油井が多少不愉快そうに美央の話を聞いているように見えていた。
「So, don’t you agree with me, Aburais-san?(油井さん、私間違ってますか?)」
 美央は、自分が正論を述べているという自信に満ちた表情で、同意を求めた。
「…Are you OK, Aburai-san? What she just said doesn’t apply to you, of course. She, well, sometimes goes to extremes. She is too strict sometimes, even to herself. So… (あのー、油井さん。今彼女が言った事は、もちろんあなたとは全く関係のない話で、そのう、彼女は時々極端すぎるんです。自分自身に対しても厳格だったりするので、そうの……)」
 ケビンは美央を見ないようにしながら油井に話しかけた。
 ちょうど美央がケビンのふくらはぎを思いっきりヒールのつま先で蹴飛ばした時、塩沢の声が聞こえてきて、油井が目を開いた。
『―――仕方がない。やはり、知らない事は話せない。今回は俺のアメリカ時代の話をする。簡潔にまとめるつもりだ。がんばって復唱してくれ』
「オ、オーケー……」
 塩沢に答えたつもりだったが、美央が自分にニッコリと微笑み様子を見て、思わず唾を飲み込んだ。
 心の準備をする間もなく、塩沢の声が耳に飛び込んできた。
「ウェル・アイドン・ユージュアリー・トーカバウト・マイセルフ。バッイッツ・オウケー・ディスタイム。ワッタイディド・アットズィオフィス・ワズ・カインダ・ルードトゥユー。ソー・アイ・スィンク・アイ・オウ・ユウ・アナポロジー・トゥー。ウェル・ホウェア・シュダイ・スタート?(普段は自分の事を話すのは好きではないんですが、今回はいいでしょう。さっきのオフィスでした事は、私も失礼だったと思いますし、謝罪の意味も込めましてね。では、どこから始めましょうか?)」
「How about… well, your English. Where did you study English? Here in Japan or did you study abroad? (では……、そうね、あなたの英語について。日本で覚えたのか、留学したのか、どちらかしら?)」
「スタディー・アブロウド。アイ・ウェントゥーBU・アバウト7イヤーズ・アゴー。(留学ですよ。約7年くらい前にビーユー(ボストン大学)に行っていたんです」
 その答えに真っ先に反応したのはケビンだった。
「No way! Are you serious? I did too! Class of ‘05. Which major?(ウソでしょ!ホントですか?私もです!95年の卒業生なんですよ。学部は?)」
ケビンが興奮しながら油井に握手を求めてきた。知らない土地で旧友にでも会ったかのような感激ぶりだ。油井はあっ気に取られながら手を差し出した。
「アー……、サイコロジーメイジャー。アンド・ユー…?(えー、心理学部です。で、あなたは……?)」
「You got to be kidding me! Me too! Do you know Prof. Garland? Tommy Garland, “The Funny Face.” You must know him!(冗談じゃないですよね? 私もですよ! ガーランド教授はご存じでしょ? 『ファニーフェイス』トミー・ガーランド、知ってるハズですよ!)」
 油井は呆気にとられながらケビンを見た。すぐに、塩沢からの通訳を聞いて納得した。
『わるい……。これは、予想していなかった』
<おいおい……>
 油井の下手な英語の発音を聞いて遠慮をしていたケビンだったが、アメリカの大学を出ていると聞いて急に饒舌になった。
 矢継ぎ早に学部の教授やキャンパス、近所のレストランやショッピングモールなど共通の話題を見つけては上機嫌に話をするケビンを見ながら、美央はどことなく不満げにふたりのやり取りを見ている。
 油井は、塩沢の伝えてくるセリフの復唱と、目の前のケビンの対応に追われて、頭が真っ白になり始めていた。

(Chapter 4-3へ つづく)

アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第13回 Chapter 4-3

  • Posted by: 高田
  • 2013年11月 7日 20:10

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Chapter4-3

「ソーリー・バット・トゥービーオネスト・ウィズユー・アイドンハヴ・メニーグッドメモリーズ・ゼア。ソー・イフユー・ドンマインド……。(すみません。実を言うと、アメリカ時代の思い出って、あまり良いものではないんですよ。なので、申し訳ないんですが……)」
 油井の発言を聞いて、ケビンが言いかけていた言葉を飲み込んだ。美央も驚いて油井を見つめる。そして、その二人の様子を見た油井自身も、驚いて目を丸くした。
<なんだ? 今、俺なんて言ったんだ……?>
 美央とケビンがそっと目配せをする様子を見て、自分が伝えた塩沢の言葉がふたりを委縮させてしまった事に気づくと、油井はふたりの視線を避ける様に俯き、慌てて軽い咳払いをした。
『少し唐突だが、昔話はこの辺りで切り上げる事にする。今妙な空気が漂っているかもしれないが、取りあえず適当に話をまとめるぞ』
 塩沢は、ケビンと油井越しに会話を続けている内に様々な思い出が脳裏に浮かび始め、これ以上話を続ける事に耐えられなくなっていた。
 今の塩沢にとって、アメリカ時代の思い出は苦いものでしかない。塩沢の身に起こっている不思議な現象も、アメリカ時代の体験がきっかけだった。長い間アメリカ時代の事を話すことも思い出す事もしないでいる内に、当時の記憶が薄れている事に気づき、その事実にショックを受けていた。どこか昔を懐かしんでいる自分がいる事に腹も立っていた。
『油井、少し困ったような表情を作ってくれ。そうだな、過去のイヤな記憶を思い出しているような顔だ』
<なぁるほど>
 油井は合点がいって、塩沢に言われたように過去のイヤな記憶を思い出そうとした。だが、思い出すのは何故か数年前に塩沢に再会した時の魂が抜けたような表情だった。
 特に親しくしていたわけでもない元クラスメートと偶然町で出会い、生きているのか疑いたくなるようなその様子を見て声をかけた。今となっては、何故風貌がまるっきり変わってしまっていた塩沢を、自分が見分けられたのか定かではない。だが、何かが油井の背中を押したのだ。その結果、塩沢の特異体質を知ることになった。ちょうど金儲けを考えていた油井は、その奇妙な現象を有効活用すべく、塩沢を引っ張り込んで探偵事務所を開くことにしたのだった。
 生きる事に投げやりになっていた塩沢だったが、油井の強引な誘いやその欲の強さ、ひいては生に対する執着心を間近で見させられている内に、少しずつ人間らしさを取り戻し始めた。以前よりは塩沢の表情にも幅が出てきてはいるが、やはり普段の塩沢は無口で無表情だ。
<このガイジン、何か塩沢の気にさわる事でも言っちまったのか?>
 そんな事を思いながら、油井は困惑顔というよりは淋しげな表情を二人に見せると、再び目を伏せた。
「I didn’t know that you had bad experiences when you were in the States… I’m very sorry… Would you like to talk about it? We can forget about showing us the room today.(アメリカでイヤな思いをされていたなんて……、とても残念です。もし話し相手が必要なら言って下さい。今日の内見は忘れてもかまいません)」
「Yeah, that’s right. I’d like to know what happened to you at BU. Well, if that’s where it happened, though… (そう、そうですよ。私もボストン大学で何があったのか知りたいです。いや、もし本当にそこで起こった話ならですが……)」
 油井は俯いたまま黙っている。塩沢が何も言わないので、そのままの姿勢でいるしかないのだ。ふたりの声のトーンを聞いて、話の内容が深刻さを増しているように感じていた。自己判断で、勝手に相手を気遣うような笑みを浮かべるわけにもいかない。
<こんな所へノコノコとついてくるんじゃなかった……>
 今度は本当に悲しそうに店の奥の様子を横目で窺った。
「…If you don’t want to share with us, that’s perfectly fine. I didn’t mean to make you feel bad at all. Please forget what I said.(打ち明けたくなければ全然かまわないんですよ。気分を害してしまったなら、ごめんなさい。忘れて下さい。)」
 美央が少し慌てながら声をかけると、そっと油井の手を取った。油井は反射的に手を引っこめると、バツが悪そうに美央を見た。だが、美央は気にした様子もなく、もう一度「I’m sorry.(ごめんなさい)」と申し訳なさそうに言った。
 深刻な顔で油井を見ていたケビンは、意を決したように油井に話しかけた。
「…I hope I’m wrong about this. But if you are a close friend of her, I’m very sorry…(……間違っていてほしいんですが、もし、あなたがあの女性と近い関係の友人だったら、申し訳ありません……)」
 美央は、胸が急にざわつくのを感じていた。恋人に突然過去の秘密を打ち明けられた時のような、苦い思い出が苦い味となって口いっぱいに広がった。
「Do you know a girl named Tokiko by any chance? She was also a Japanese student at BU, and she was a victim of… (もしかして、『トキコ』という名の女性を知っていませんか? 彼女もボストン大学に通っていた日本人学生で、彼女はある事件の被害者で……)」
「シャラップ! シャッザ・ファック・アップ!(黙れ! 黙りやがれっ!)」
 油井は大声を出した自分に驚いて、思わず立ち上がってしまった。反射的に反復した塩沢の激しい口調がうつってしまったのだ。
<マズッた!>とは思いながらも、だが同時に頭の隅では、ケビンの言葉の中に「Tokiko」という名前を見つけていた。その結果として、塩沢が言うであろう答えも分かっていたのかもしれない。
<地雷を踏んだな、コイツ……。でも、なんでコイツがチーちゃんの事を知ってるんだ……?>

(Chapter 4-4へ つづく)

アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第14回 Chapter 4-4

  • Posted by: 高田
  • 2013年11月15日 11:07

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Chapter 4-4

 ケビンは、油井にかける言葉が見つからず、そのまま押し黙っている。見ず知らずの東洋人が、自分の国の言葉で暴言を吐いた事に怒りを覚えることはなかった。ただ単に、聞いてはいけない事を聞いてしまったのだという事実を受け入れる努力をしていた。
 同じように隣で黙ったままでいる恋人の横顔を申し訳なさそうに見た。美央は神妙な顔で油井をじっと見上げている。油井の言葉にショックを受けている訳ではなく、冷静な表情の中に憐みとも同情とも取れる視線を油井に注いでいる。
 油井の耳元では、塩沢がまだ大声で何かを喚き散らしている声が聞こえていたが、それをそのまま相手に伝える事は不可能だった。早口の英語である事に加え、ほとんどが呻き声や叫び声のようなもので、日本語も混ざってはいるものの、一体何をどう伝えればいいのか見当もつかない。塩沢の過去に関しては、油井が足を踏み入れるべき領域ではない事は承知していたし、それに加えて、塩沢の感情に引きずられて自分の体が床に沈んでいくような感覚に陥っていて、全てを投げ出したい気分になっていた。
 店の客が何事かと油井たちを見ている事に気づいた。店の奥の店員も不安げに様子を窺っている。
 油井は天井を見上げると、諦めたように耳からレシーバーを外し、それをテーブルの上に置いた。続けてイスに座りなおすと、テーブルの上のグラスを手に取り、中の水を一気に飲み干した。目の前のふたりは、この状況が理解出来ないのか、困惑顔で顔を見合わせている。
 一息つくと、
「……失礼しました。今のは……、気にしないで下さい。本当に申し訳ありません。僕の相棒が何か失敗でもしたらしくて、思わず乱暴な言葉が口から出てしまった様でして……」
 油井がふたりに頭を下げた。
 美央の表情が険しくなった。
「What’s going on here? (何が起こっているんですか?)」
 油井がレシーバーを指さした。
「……実は、僕は英語を話せません。別の場所で会話を聞いている相棒が言うセリフを、意味も分からずにオウム返しの様に口から出していただけなんです……。今のも『慣れ』というか、ついアイツの言った言葉が反射的に口から出てしまっただけで……。なので、あれはあなた達に向かって言ったワケではありません。―――本来ならその相棒が直接お相手をすればいい話なんですが、そうもいかない事情がありまして……。なので、僕が英語を話せるフリをして接客をしていた、というわけなんです。ウソをついていたみたいで、ホント申し訳ありません……」
 額から大量の汗を流しながら説明を終えると、まだ手がつけられていないケビンのグラスを取って水をひと口飲んだ。そのグラスをケビンに返すと、怒られる事を覚悟した子供の様に、目をつむってこうべを垂れた。
 だが、美央の関心は別の所にあった。
「……では、アメリカでイヤな体験をされたのは、あなたのパートナーなのですね?」
「え? い、いや、アイツが怒鳴ってたのは、事務所の人間に対してで、あなた達の話は関係ありません……よ、ホントに」
 会話の内容が理解できないケビンは、小声で美央に説明を求めた。事情を把握したケビンが美央を通して質問をしてきた。
「そのパートナーの方に、『塩』という字が名前に付いていますか? 彼が『ソルト』というあだ名しか思い出せないというんです」
「はぁ? な、なんスか、それ? ウチの調査員にそんな名前のヤツはいないし、そのアメリカでの話は、まったくもってこっちには無関係ですってば!」
 塩沢の名前まで持ち出してきた事に驚かされると、油井は思わずむきになって返答をしてしまった。その不自然さに気づくと、次はまるで外国人の様に肩をすくめ、<困った人たちだ>と言わんばかりに頭を振ってみせた。油井の反応はおかしくなる一方だった。
 美央はそれ以上の追及を一旦止め、別の質問をした。
「調査員? もしかして、保険の調査員ですか? 不動産には全く関係の無いお仕事をされているんですか?」
 油井ががっくりと肩を落とすと、再度ケビンの水を飲み干した。次々と隠し事が暴かれていく犯罪者の様な、妙な気分を味わっていた。
「同じビルの4階で探偵業を営んでおりまして、不動産はただのアルバイトでございます。しかしながら、アルバイトとはいえ、それなりの勉強はしておりますので、ご安心ください。―――っと、こんな感じで、ご納得していただけます?」
「探偵……、ですか?」
 美央が目を丸くしながら、ケビンにその説明をした。ケビンもまた目を丸くしている。
「一応これでも、僕が事務所の所長です。で、海外留学の経験がある相棒……、いや、えー、そうそう、もし身元調査などの御用があれば、ぜひ上の階にもお立ち寄り下さい」
 油井がぎこちない営業スマイルを見せた。
 美央は一瞬思案顔になったが、すぐに油井を真っ直ぐに見つめると、姿勢を正して言った。
「最初にウソをついていたのは私です。あなたのついたウソは、私はウソとは呼びません。あなた達は、ふたりで協力して一緒にお仕事をしていただけ。隣にいるかいないかだけの違いです。でも、最初にそう言っておいてくれればよかったとは思いますけどね」
 油井が、今までの憂鬱な気分が一気に晴れたかのような笑顔を見せた。
「いやー、そう言ってもらえると、気が楽になります。そうなんですよ。僕たちはチームなんです。何も難しく考える事はなかったんですよね。うーん、素晴らしい着眼点だ」
 とは言いながらも、後で事務所に戻る時の事を考えると、油井の気持ちは一気に沈みがちになる。
「あの音楽を使って私のウソを認めさせたのも、そのパートナーさんのアイディアですか?」
 美央が照れくさそうに聞いた。
「いや、それは自分です……。やっぱ、やりすぎでしたかね?」
「なら、よかった。アレはサイコーでした。気にしないで下さい。私はあなたが気に入っているんです。ぜひ、このまま物件探しにつき合って下さい」
 顔を赤くしている油井を見て、美央が訂正した。
「―――なんか、ヘンな言い方をしちゃいました?」
 そう言って美央が笑った。油井も照れ笑いをしながら、「いやいや、全然」と手を振った。ケビンは、目をパチクリとしながらふたりのやり取りを見ている。
 と、そこへ揚げたてのとんかつが運ばれてきた。油井の意識が瞬時に食べ物に移動した。そのまま、その黄金色の衣に見とれている。
 どうにか場が丸く収まったと思った瞬間、無くなっていた食欲が急に戻ってきた。そして、油井の腹が鳴った。その音を合図にして、3人は食事に取りかかった。

(Chapter 4-5へ つづく)

アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第15回 Chapter 4-5

  • Posted by: 高田
  • 2013年11月22日 11:37

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Chapter 4-5

 食事を終えた3人が、和やかな雰囲気を残したまま席を立った。
「いやぁー、うまかった! やっぱ店で出来たてを食べるのはいいよなー!」
 美央とケビンがニコニコしながら油井を見ている。
 食事中の会話は、日本食などの食に関するものが中心で、多少の気まずさを引きずっていた油井も喜んで会話に参加した。素材を生かす技術や、日本食の健康神話の信憑性、またアメリカの日本食レストランの変わり種メニューの事など話題は尽きなかったが、美央がケビンに通訳をしなくてはならない分、会話が「弾むように」進んだとは言えなかった。
 油井が改めて形式的に聞いた。
「本当にごちそうになってしまっていいんですか?」
「もちろん! 今回だけとは言わずに、またその内いっしょに食べにきましょうよ、ね?」
「It was very good. I like it here. Let’s come back here again soon.(とってもおいしかったです。また食べにきましょう)」 
 さっきまでのぎこちない雰囲気が、お腹が満たされた事によって完全に消え去っていた。会話の中で、アメリカからの逆輸入的な食材である「ソフトシェルクラブ」を、美央が苦手という話が出たので、油井がそれをおいしく調理する店を探して、また一緒に食事をすることになっていた。
 ケビンがテーブルの上の伝票を取ると、美央にさりげなく目配せをした。財布には必要最低限分のお金しか入れていないケビンのために、美央があらかじめ1万円を渡していたのだ。ケビンは日本に来て以来、ほとんど贅沢をした事がない。たまにバーに行くぐらいで、それも月に1度か2度のささいな贅沢だ。美央との外食でも代金は出来るだけ自分が持つ努力をしてはいるものの、折半、もしくは奢ってもらってしまう事も度々あった。
 今回の食事は美央が提案したものの、ケビンに恥をかかせまいという美央の気持ちを受けとめ、素直にお金を借りることにした。だが引っ越し費用で貯金をほとんどはたいてしまうケビンが、返済の出来る見込みはないことは美央も知っているし、これから同居をするに当たって、財布はひとつにするつもりでいたので、美央にとっては自然のことだった。
 レシーバーをテーブルの上に置いたままにしていた油井は、「これでコイツもお役御免かな」とつぶやきながら上着のポケットに仕舞った。そのまま階段を降りて行こうとする油井を、美央が呼び止めた。
「話を蒸し返すようで申し訳ないんですが、私はあなたのパートナーに起こった出来事、いえ、あなたのパートナーの事が気になっているんです。もしよければなんですけど、その『ソルト』というあだ名の方に、一度お目にかかる事、出来ますか?」
 油井はアメリカでの出来事と塩沢との関係を再度否定しようとしたが、相手がそうだと信じ込んでいるというよりも、結果的に自分の態度が相手にそうだと告げてしまったらしいという事実を認めざるを得なかった。店内の前面は一面ガラス張りだが、内側には大きな障子があり、外から見えなくなっている。その壁の向う側、塩沢がいるはずの方向を一瞥すると、油井は観念して言った。
「あなたが僕の相棒に、個人的な興味で会う事は出来ないでしょうね。なんせ、アイツは依頼者にも姿を見せないストイックな調査員なので。でも、あなたが会いたがっていた事は伝えておきますよ。申し訳ないです」
「―――そうですか、分かりました」
 美央は確認が終了したとでもいうようにひとつ頷くと、突然油井に抱きついた。それを見たケビンが驚いて背後のテーブルに足をぶつける。
 美央は油井を抱きしめたまま、「あなたのパートナーに直接こうしてあげたかったけど、私の代わりにハグしてあげて下さいね」と言って離れた。
 油井は体中に妙な汗をかきながら、うんうんと何度も頷いた。

 一階で会計を済ませた三人は、ケビンを先頭にして自動ドアから外へ出て行った。外へ向かって歩きだした途端、ケビンの体が見えない壁にでもぶつかったかの様によろめいた。ケビンは体勢を立て直すと、その見えない壁を探すかのように辺り一帯に手を伸ばした。だが、その手が触れるものは空気だけだ。
 ケビンが納得がいかないという表情で美央を振り返ると、美央は「Well, I didn’t know you order Sake. Are you OK? (お酒をオーダーしていたなんて知らなかったわ。大丈夫?)」と、からかった。
 だが対照的に、体を硬直させて立ちすくんでいる油井の表情は青くなっている。慌ててガラス張りの建物に映っているはずのモノを探した。案の定、油井はそこにある人影を見つけた。
 長身痩躯の塩沢が、暗い眼差しでケビンを見つめていた。
 本体は見えないのに、その影だけがガラスに映っている。吸血鬼の姿が鏡に写らないのとは逆で、塩沢は鏡や光を反射する物質にのみ、その姿を映し出すのだ。
美央が不思議がるケビンの背中を叩いて先に進ませる。ふたりはガラスの壁に映る塩沢の存在には全く気づいていない。塩沢はケビンの手が届かないぎりぎりの位置に立ちながら、ふたりのやりとりを見ている。
 油井は、「透明人間」の塩沢とガラス越しに目が合うと慌てて眼を逸らして、美央とケビンを斜め前の不動産事務所に戻るよう促した。ふたりとの距離が開くと、油井がガラスに映っている相棒に話しかけた。
「と、とにかく、後でゆっくり話そう、な? 俺はバイトを終わらせてくるから、お前は事務所で待っててくれ。いいな」
 油井は小声でそう言うと、急いで事務所に向かって走り出した。
 塩沢は何も言わず、3人が建物に入っていくまで、じっとその背中を見つめ続けていた。

(Chapter 5へ つづく)

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お昼の「とんかつ武信」はこんな感じです。印象的な外観です。

アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第16回 Chapter 5

  • Posted by: 高田
  • 2013年11月28日 23:48

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Chapter 5

 美央とケビンは、山手通りと井の頭通りが交差する、富ヶ谷交差点近くに建つ高級マンションの4階に居を構える事になった。
 40㎡ほどの1LDKだ。ふたり暮らしには少し狭いが、最近はやりのオシャレな物件で、清潔感のある白い壁やフローリング、キレイな木目がプリントされたドアに大きな窓。設備的にもなんでも付いていて、オートロックに始まり、バス・トイレ別室、独立洗面台、室内洗濯機置場、見た目にもきれいなシステムキッチン、バルコニー付き。上を見れば切りがないが、十分クオリティは高い。
 交通量の多い山手通りと井の頭通りが目の前にある。洗濯物を外に干すのは諦めたとしても、浴室乾燥機が付いているし、音に関しては防音効果の高い厚みのあるガラス窓のお陰で、さほど気にならない。
 古くても広い物件や、同じ賃料を払うなら1.5倍ほど広くて設備が充実しているアパートを借りる事も出来たが、あえてこの高級マンションにしたのは、見栄を張ったというよりも、漠然と心の中で思っているお互いへの気持が、「将来の夢」として形を取り始めた結果でもある。
 美央も当初は、ケビンよりは多い給料を貰っているとはいえ、もう少し古くて安い物件に住むつもりでいた。給料の半分近くをアメリカに住む母へ送金しているため、自分のために使う金額は少ない。だが、ケビンとつき合いだしてから、服や化粧品など身だしなみに使う額が増えてきて、生計を圧迫し始めていた。
 パートをしながら1人で生活をしている美央の母も、娘の変化を良い兆候ととらえ、仕送りを止めるように提言してきた。それでもしばらくは送金を続けていたが、母が送金したお金を送り返すようになると、美央は感謝しつつ、自分のためにお金を蓄える事に決めた。そして、その一部がこのマンションの賃料分に取って代わった。
 ケビンとしては、かなり無理をする格好になっていた。家賃の折半、それもキレイに2分の1にすると言い張った手前、今さら引くわけにもいかない。それに、美央との将来を考えて、仕事にもより一層の努力をする覚悟を決めていたので、おのずと給料も上がるだろうと踏んでいる。
「I’ll go get something to drink at Hanamasa, and maybe some snacks too. Do you need anything?(肉のハナマサで飲み物と、たぶんつまみも買ってくるけど、何かいる?)」
「No, I’m fine. Or you can get me a red wine at Seijyo Ishii, if that OK with you.(私は大丈夫。それか、成城石井に寄って、ワインなんか買ってきてくれてるとうれしいかも)」
「What kind?(どんなヤツ?)」
「Well, merlot please.(そうね、メルローをお願い)」
「No problem. Be back soon(お安い御用。すぐ戻るよ)」
 サンダルを突っ掛けてドアから出てきたケビンは、エレベーターを待たずに階段を使う事にした。大きな荷物でも持っていない限り、美央とケビンはエレベーターを使わずに、階段を使うようにしている。それ以外にも、引っ越しが済むと、ふたりは歩いて7、8分の所にある代々木公園へジョギングをしに行くようになった。階段を使うのも、デスクワークが多いふたりが健康のためにと決めたルールのひとつだった。
 外食をする回数も必然的に減った。仕事からの帰りが遅い美央は、職場近くスーパーで売れ残りの安い弁当を買って帰って来るのが常だったが、今では先に家に帰っているケビンが夕食の支度をしてくれている。その代わり、というよりも、朝食は自然と美央が支度をするようになった。ふたりがそれぞれに思い描いていた「幸福感」が、新居に満ちていた。
 下の階から意気揚々と階段を駆けあがってくる男性とすれ違った。身長は160cmほどで、中肉中背、年は50代だろうか。黒いレンズのサングラスにハンチング帽、それにデザイナーズ系のスウェットの上下という出で立ちだ。だがケビンには、男が健康のために階段を使っているようは見えなかった。かなりのヘビースモーカーらしく、タバコの匂いを周囲にまき散らしている。
ケビンは階段を降りながら、以前美央が言っていた事を思い出した。
「芸能人なんかがお忍びで来るには、このマンションは最適よね。駐車場からは、メインエントランスを通らずにエレベーターに乗れるし、廊下で人とすれ違う事もほとんどないじゃない。ホントに人が住んでいるのかしら」
ケビンが男に会釈をすると、男は顔を真っ直ぐ向けたままケビンを無視して階段を上がって行った。
<I don’t even wanna imagine what would happen to that guy if Mio was here with me…(もし美央が今ここにいたらと思うとゾッとするな)>
 男の背を見上げながらケビンが苦笑いをした。
男は非常ドアを開けて中へ入って行こうとした瞬間、振り返ってケビンを見下ろした。ケビンはあわてて階段を駆け降りて行った。

(Chapter 6へ つづく)

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富ヶ谷交差点の「肉のハナマサ」。なんと24時間営業です。

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「成城石井」。輸入食品などが豊富です。今では競合も多いですが、まだまだ健在。便利です。

アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第17回 Chapter 6-1

  • Posted by: 高田
  • 2013年12月 9日 12:28

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Chapter 6-1

「はい! アブソルート探偵事務所です! アッ、なんだ室田さんか……。事務所に電話なんて珍しいっスね。えーヤダなー、別に無視なんかしてませんて。―――あ、ホントだ、何回も電話くれてたんですね。いやー、申し訳ないです。―――はい?。ええ、もっちろんですよ。ちょっと仕事が立て込んじゃいまして……。ええー? イヤだなぁ、本業が忙しい時だってありますよー。リョーカイです。ホント、申し訳ないです。じゃあ、また連絡入れさせてもらいますんで。次は気にして、ケータイをチェックします。はい、はい、失礼しまーす……」
 アブソルート探偵事務所の応接室がある4階の事務所は、こぢんまりとしているが整理整頓が行きとどいており、テーブルやイス、本棚などの家具はほとんどが中古品だが、それなりに値が張る物が揃えられている。ただ、所々に置かれたアンティーク品が部屋の調和を壊していないとも言えない。
 油井が部屋の奥の重厚なデスクの向こう側で、これもまた重厚なデスクチェアに座りながら、置いたばかりの電話の受話器を睨んでいる。
「こっちだって、好きでこんなに時間かけてんじゃねーよ。ちくしょー!」
 睨みつけるだけでは気が済まなくなり、もう一度受話器を持ち上げて、叩きつけるように元に戻した。だが狙いが外れて、受話器と受話器受けの間に中指を挟んで呻き声を上げた。
「くっそー、どいつもこいつも……」
 油井は立ちあがると、何かを探すような目で外の商店街を見つめた。
 代々木上原で探偵事務所を開いた理由は、特にない。ただ、この町に同業がいなかった事と、「金持ちが多そうだから」、「もし地元で仕事にならなくても、どこに事務所があるかは関係ない。かえってひっそりとやっている方が、依頼人も入ってきやすいハズだ」と考えたのだ。しかしこれは、「探偵事務所」と看板が出せない事が判明した後に、自分を納得させるための「後付け」の理由で、事実は子供のころから小田急小田原線沿線になじみがあり、なんとなくこの町に決め、なんとなく入った不動産屋のビルの上に偶然物件が見つかったというだけの事だ。
 しかし、そのいい加減な場所選びが災いして、地元では全く仕事にならない上に飛び込みの依頼も皆無だった。大手探偵事務所の宣伝力に敵うはずもなく、インターネットや電話帳からの問い合わせにも引っかからない。ないないづくしの末に行き着いたのが不動産のアルバイトであり、もうひとつは写真週刊誌用のスクープ写真の撮影依頼という仕事だった。
 カメラマンの方の仕事は、滞納していた家賃を払う術もなく、満たされない物欲にいらだって町を徘徊している時に偶然思いついたものだ。度々目撃する芸能人やモデルが近隣に住んでいる事、また隠れ家的なバーや居酒屋にやって来る有名人が多くいる事に目をつけて、ネタになりそうな写真を撮って雑誌に売りつけようと考えたのだ。そんな矢先に、室田という同業者兼芸能ライターと知り合うこととなり、室田が流してくる情報の裏付け写真を撮って提供するという共犯関係が出来上がった。
 ついさっきの室田から電話も、しばらく前から頼まれている証拠写真の催促だった。ある大物芸能人が、近隣のマンションに駆けだしの若い女優を囲っているという情報を掴み、その密会現場を写真に収めるというのが今回の依頼だった。ふたりが密会しているのは確かな情報だが、その証拠写真を撮るとなるとかなりの困難が予想された。
その大物芸能人は多川ショーリという芸名で、一般には下の名をもじって「ソーリー」として知られている。自分の番組に呼ばれたゲストをとことんイジリまくって、最後は「ソーリー」で済ますのがお決まりとなっていた。今でも笑いを取れるのは小学生に対してのみだが、芸歴が長く、その決まりごとに期待している視聴者ももういない。
 多川は、自分の車ではなく毎回違うレンタカーを使用しているらしく、いつマンションに入って、いつ出てくるのか全く分からない。そのマンションにいるという情報も、実は室田がマンションの目の前で偶然多川を見かけたというだけで、他に知る者はいないはずだった。
 多川のお相手と言われているのは、吉良凛(きらりん)という天然キャラを売りにしている女優だ。その「吉良凛」という名は本名で特徴がありすぎるためか、部屋の契約者は吉良が所属するプロダクションの社員名義になっていた。親と同居している若手芸能人も多い中、吉良は元から独り暮らしをしていた。まだテレビに出始めたばかりだが、バックに多川がいる事で周囲に対して傲慢な態度を取っているらしく、業界ではすでに嫌われ者になり始めているという。
 室田と油井がふたりで張り込みをした甲斐があって、富ヶ谷交差点側のマンションに吉良が住んでいる事は確認済みだ。だが、多川とふたりで外に出てきた事は一度も無く、シャッターチャンスは部屋の前でしか得られない。しかしそれも、部外者が通路にたむろしていれば問題になるし、多川か吉良に気づかれれば引っ越されてしまうのがオチだ。
 これこそ油井にしか出来ない仕事だと、室田からおだてられて引き受けたのがこの仕事だった。今までも不可能を可能にしてきた実績があり、「狙った獲物は外さない」と油井が吹聴するのは室田も知る所で、ここぞという仕事は油井にふっていた。だが実際には、この仕事は塩沢という有能なカメラマンがいてはじめて成立する。事実現場に行ってシャッターを押すのは塩沢なのだ。
 他人から姿が見えない塩沢にとって、ほとんど不可能なシチュエーションというものはない。居場所さえ突き止めれば、中に入ってどんな刺激的な写真を撮ることも可能だ。だが、塩沢はそれをしない。それを塩沢に強要すれば自分の元から去ってしまう事は、油井には容易に想像出来た。
 油井は塩沢の機嫌を取りながらうまく掌の上で転がしているつもりでいたが、もともとこの「盗撮」の仕事を嫌っていた塩沢が、ここ最近とみに非協力的になっているため、自ら撮影に出向く場面が増えている。室田には塩沢の正体を隠しているため、最近は写真の出来が悪いと文句を言われるが、言い返す言葉が無かった。
 外を睨んでいた油井が、ジャケットの胸ポケットからスマートフォンを取り出して、着歴を確認した。続けて電話をかけようとしたが、結局やめてしまった。
 油井はこの行為を飽きることなく、日々何度も何度も繰り返していた。まるでその姿は恋人からの連絡を待ちわびている淋しげな男のようで、背中に妙な哀愁を漂わせている。だがその相手は女性ではなく、相棒の塩沢だった。とんかつ武信での一件があって以来、塩沢とは音信不通になっていた。

(Chapter 6-2へ つづく)

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