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アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第17回 Chapter 6-1

  • Posted by: 高田
  • 2013年12月 9日 12:28

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Chapter 6-1

「はい! アブソルート探偵事務所です! アッ、なんだ室田さんか……。事務所に電話なんて珍しいっスね。えーヤダなー、別に無視なんかしてませんて。―――あ、ホントだ、何回も電話くれてたんですね。いやー、申し訳ないです。―――はい?。ええ、もっちろんですよ。ちょっと仕事が立て込んじゃいまして……。ええー? イヤだなぁ、本業が忙しい時だってありますよー。リョーカイです。ホント、申し訳ないです。じゃあ、また連絡入れさせてもらいますんで。次は気にして、ケータイをチェックします。はい、はい、失礼しまーす……」
 アブソルート探偵事務所の応接室がある4階の事務所は、こぢんまりとしているが整理整頓が行きとどいており、テーブルやイス、本棚などの家具はほとんどが中古品だが、それなりに値が張る物が揃えられている。ただ、所々に置かれたアンティーク品が部屋の調和を壊していないとも言えない。
 油井が部屋の奥の重厚なデスクの向こう側で、これもまた重厚なデスクチェアに座りながら、置いたばかりの電話の受話器を睨んでいる。
「こっちだって、好きでこんなに時間かけてんじゃねーよ。ちくしょー!」
 睨みつけるだけでは気が済まなくなり、もう一度受話器を持ち上げて、叩きつけるように元に戻した。だが狙いが外れて、受話器と受話器受けの間に中指を挟んで呻き声を上げた。
「くっそー、どいつもこいつも……」
 油井は立ちあがると、何かを探すような目で外の商店街を見つめた。
 代々木上原で探偵事務所を開いた理由は、特にない。ただ、この町に同業がいなかった事と、「金持ちが多そうだから」、「もし地元で仕事にならなくても、どこに事務所があるかは関係ない。かえってひっそりとやっている方が、依頼人も入ってきやすいハズだ」と考えたのだ。しかしこれは、「探偵事務所」と看板が出せない事が判明した後に、自分を納得させるための「後付け」の理由で、事実は子供のころから小田急小田原線沿線になじみがあり、なんとなくこの町に決め、なんとなく入った不動産屋のビルの上に偶然物件が見つかったというだけの事だ。
 しかし、そのいい加減な場所選びが災いして、地元では全く仕事にならない上に飛び込みの依頼も皆無だった。大手探偵事務所の宣伝力に敵うはずもなく、インターネットや電話帳からの問い合わせにも引っかからない。ないないづくしの末に行き着いたのが不動産のアルバイトであり、もうひとつは写真週刊誌用のスクープ写真の撮影依頼という仕事だった。
 カメラマンの方の仕事は、滞納していた家賃を払う術もなく、満たされない物欲にいらだって町を徘徊している時に偶然思いついたものだ。度々目撃する芸能人やモデルが近隣に住んでいる事、また隠れ家的なバーや居酒屋にやって来る有名人が多くいる事に目をつけて、ネタになりそうな写真を撮って雑誌に売りつけようと考えたのだ。そんな矢先に、室田という同業者兼芸能ライターと知り合うこととなり、室田が流してくる情報の裏付け写真を撮って提供するという共犯関係が出来上がった。
 ついさっきの室田から電話も、しばらく前から頼まれている証拠写真の催促だった。ある大物芸能人が、近隣のマンションに駆けだしの若い女優を囲っているという情報を掴み、その密会現場を写真に収めるというのが今回の依頼だった。ふたりが密会しているのは確かな情報だが、その証拠写真を撮るとなるとかなりの困難が予想された。
その大物芸能人は多川ショーリという芸名で、一般には下の名をもじって「ソーリー」として知られている。自分の番組に呼ばれたゲストをとことんイジリまくって、最後は「ソーリー」で済ますのがお決まりとなっていた。今でも笑いを取れるのは小学生に対してのみだが、芸歴が長く、その決まりごとに期待している視聴者ももういない。
 多川は、自分の車ではなく毎回違うレンタカーを使用しているらしく、いつマンションに入って、いつ出てくるのか全く分からない。そのマンションにいるという情報も、実は室田がマンションの目の前で偶然多川を見かけたというだけで、他に知る者はいないはずだった。
 多川のお相手と言われているのは、吉良凛(きらりん)という天然キャラを売りにしている女優だ。その「吉良凛」という名は本名で特徴がありすぎるためか、部屋の契約者は吉良が所属するプロダクションの社員名義になっていた。親と同居している若手芸能人も多い中、吉良は元から独り暮らしをしていた。まだテレビに出始めたばかりだが、バックに多川がいる事で周囲に対して傲慢な態度を取っているらしく、業界ではすでに嫌われ者になり始めているという。
 室田と油井がふたりで張り込みをした甲斐があって、富ヶ谷交差点側のマンションに吉良が住んでいる事は確認済みだ。だが、多川とふたりで外に出てきた事は一度も無く、シャッターチャンスは部屋の前でしか得られない。しかしそれも、部外者が通路にたむろしていれば問題になるし、多川か吉良に気づかれれば引っ越されてしまうのがオチだ。
 これこそ油井にしか出来ない仕事だと、室田からおだてられて引き受けたのがこの仕事だった。今までも不可能を可能にしてきた実績があり、「狙った獲物は外さない」と油井が吹聴するのは室田も知る所で、ここぞという仕事は油井にふっていた。だが実際には、この仕事は塩沢という有能なカメラマンがいてはじめて成立する。事実現場に行ってシャッターを押すのは塩沢なのだ。
 他人から姿が見えない塩沢にとって、ほとんど不可能なシチュエーションというものはない。居場所さえ突き止めれば、中に入ってどんな刺激的な写真を撮ることも可能だ。だが、塩沢はそれをしない。それを塩沢に強要すれば自分の元から去ってしまう事は、油井には容易に想像出来た。
 油井は塩沢の機嫌を取りながらうまく掌の上で転がしているつもりでいたが、もともとこの「盗撮」の仕事を嫌っていた塩沢が、ここ最近とみに非協力的になっているため、自ら撮影に出向く場面が増えている。室田には塩沢の正体を隠しているため、最近は写真の出来が悪いと文句を言われるが、言い返す言葉が無かった。
 外を睨んでいた油井が、ジャケットの胸ポケットからスマートフォンを取り出して、着歴を確認した。続けて電話をかけようとしたが、結局やめてしまった。
 油井はこの行為を飽きることなく、日々何度も何度も繰り返していた。まるでその姿は恋人からの連絡を待ちわびている淋しげな男のようで、背中に妙な哀愁を漂わせている。だがその相手は女性ではなく、相棒の塩沢だった。とんかつ武信での一件があって以来、塩沢とは音信不通になっていた。

(Chapter 6-2へ つづく)

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