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2013年10月 Archive
アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第11回 Chapter 4-1
- 2013年10月 3日 11:34
Chapter4-1
油井がアルバイトをする不動産屋のビルの斜め前に建つ、4階建てのマンションの1階と2階に「とんかつ武信分店」が入っている。本店は川崎にある。懐かしさと新しさが同居する代々木上原界隈で、和洋折衷デザインの「とんかつ武信」は、目立ち過ぎることのないちょうどいい店構えをしている。
昼食時を過ぎていたが、3分の1ほど席が埋まっていた店内には、揚げ物の良いにおいが漂っている。店内のインテリアも、店構え同様にほどよく和と洋がミックスした清潔感のあるデザインで、奥行きもあり、外観から窺うよりも広々とした空間が広がっている。
<俺は何やってんだ、こんな所で?>
2階のテーブル席でじっとメニューを見つめながら、油井は自分の浅はかな行動を後悔し始めていた。実は、メニューを見るふりをしながら、出来るだけ無駄な世間話をしないで済む方法を模索していた。
油井の目の前に座っているケビンと美央は、すでに注文を済ませていて、タブレットPCに映し出された物件情報を確認し合っている。誘ったのは自分だからと、美央が食事を奢る約束でここへ来た。油井は辞退こそしなかったものの、遠慮をして、とんかつメニュー中で一番安いロースかつ膳の「梅」を注文した。しかし、美央が一つ上の「竹」を注文したので、結局はみんな一緒の内容になった。
<この状態は、ゼッタイにマズイ……。っーか、メシが不味くなる!>
油井は平静を装っているが、内心ではかなりの動揺が起こっていた。食事に誘われた時には、目先の獲物につられてほぼふたつ返事でOKしてしまったが、当初はそれでも何とかなるだろうと軽く考えていた。しかし店に入った瞬間から、自分の知っているパターンから逸脱した会話が展開され始めて、時間の経過とともにうまくこなす自信が急速に薄れて始めていた。
いくら塩沢のサポートがあったとしても、発音しなれていない言葉をスムーズに言う事は出来ないし、決まり文句以外の言いなれないフレーズや単語を使う場面が多くなれば多くなるほど、ボロが出る可能性が大きい。それに、日本語ならまだしも、食事をしながらでは会話に対する集中力が途切れがちで、まず間違いなく豚肉のうまみや衣の揚げ具合などに注目してしまうに違いない。そもそも、約30年の油井の人生の中で、一番嫌いな事は働く事であり、一番好きな事は食べる事なのだ。
<こんな状態でここの飯を食べるくらいなら、まだテイクアウトの方がましだったかも……>
油井の目は、「お弁当」ならば注文できるはずだった、ヒレかつ膳の「松」と「桂」を見比べた。
会話に使われる英語は、それほど珍しい単語を使うことなく成立する。塩沢もその辺りを承知した上で会話文を構築した上で、油井へ伝えている。しかし、このシチュエーションでは、自分から発言をして会話を進めていく事が出来ない以上、早く食事を終わらせるか、仕事中心の会話で済むように祈るばかりだ。
<でも、なんで社長は許可を出したんだよ? 考えたらおかしな話だろ。自分が弁当を奢らなくて済むからか? それとも、単なる気まぐれなのか。いや、俺がボロを出したら、客を逃がすことになるかもしれないんだ。それはない。―――これで俺にヘマをさせて、それを機に縁を切ってビルから追い出そうとしているのか……?>
メニューを見ながら油井がブツブツ言っている姿を、美央とケビンが不思議そうに見ていた。
「Do you want to change your order? (注文、変えます?)」
美央が問いかけた。
<あー、さっさと飯食って、はやく帰りてぇ>
油井は美央の問いかけには気づかないまま、険しい表情でメニューを睨んでいる。
「Hello? Aburai-san? (油井さん?)」
『油井、話しかけられているぞ』
慌てて美央とケビンを見ると、美央が怪訝そうに油井を見ている。
「ソ・ソーリー。アイ・アイ……」
『油井、復唱しろ』
耳元から聞こえてくる塩沢の声を、何も考えずにリピートした。
「オー・ソーリー。アイワズ・ジャストシンキングアバウト・マイネクストアポイントメント。アンフォーチュネイトリー・ウィ―ハヴ・レスザン・ワンナウア。ソー・レッツディサイド・ウィッチワン・ウィールゴーアンドシー。(スミマセン。次の予約お客さんの事を考えてしまっていて……。残念ながら、1時間ないくらいの時間しかないので、どの物件を見に行くのか決めましょうか)」
『取りあえず仕事の話だけで済むように持っていく。事務所にいるつもりでやればいい』
まるで自分の心を読んでくれたのかと、この時ばかりは塩沢に感謝しながら、油井は冷静さを取り戻すよう小さく深呼吸をした。
しかし、ニッコリと微笑んだ美央が返した返答は、油井にとって地獄の始まりにしか感じられなかった。
「Well, actually we’ve already picked three places we want to go check. So why don’t we enjoy the foods. We wanna know more about you. So tell us about yourself. Where did you learn English? (いえ、もう見に行きたいお部屋は3つ選んだので、それよりも食事を楽しみましょうよ。それにあなたの事もお聞きしたいわ。で、どちらで英語を学んだの?)」
「……ハァ?」
塩沢から美央の言葉の内容を聞かされた油井は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
(Chapter 4-2へ つづく)
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雰囲気のある夜の「とんかつ武信」。トップ写真は内階段の吹き抜けの様子です。
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「とんかつ武信」の「ロースかつ膳 梅」と奥が「カキフライ膳」です。おいしく頂きました。
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アブソルート代々木上原探偵事務所 「アメリカの友人」 第12回 Chapter 4-2
- 2013年10月30日 23:41
Chapter 4-2
油井はごまかそうと慌てて咳払いをしたが、その不自然さを隠す事は出来なかった。急激な緊張と不安に襲われた油井の背中には、大量の汗が噴き出し始めていた。様々な支払い請求の督促状が来た時以上の動揺が、体の中で渦巻き始めた。
そんな油井の様子を見ながらも、美央は何かを期待するような目つきで微笑みかけている。
<……なんだよ。なんなんだよ。今日の俺はちょっと魅力的すぎるのか?よりによって、彼氏付きの、それも帰国子女にアピールしちまったのか……? 俺の好みでは全くないが……。で、なんで塩沢は黙ったままなんだよ? 「ヘルプミー」状態なのは分かってんだろが!>
油井がもう一度故意に大きな咳払いをしながら「シオザワ!」、と怒鳴った。だが、マイクの向こうは沈黙を続けるのみで、何の反応もない。
「い、いやぁー、参ったなぁ……」
と、今の心情をそのまま口にしながら、コップの水を飲み始める。
「僕の人生は『大河ドラマ』並みで、話し始めるとなかなか終わらないんですよぉ……」
油井の日本語が理解出来なかったのか、ケビンが困ったように美央の横顔を見る。美央は油井の顔を正面に見据えたまま、その反応に少し残念そうな顔をした。
ふいに塩沢の声がイヤフォンから聞こえてきた。
『さてこの展開、ある程度予想はしていたが、ちょっと急だったな。実はこんな時に何だが、お前のプライベートのこと、俺あまり知らないんだよ。急場しのぎででっち上げることもできるが、どうする?』
油井は思わずため息をつきながら頭を小さく振った。
ケビンが油井の様子を見て、慌てて言う。
「If you don’t feel comfortable talking about personal stuffs, that’s OK. We just talk business. Right, Mio?(もしプライベートな話をするのがお嫌なら、仕事の話だけで構いませんよ。そうだよね、美央)」
ケビンが油井を安心させるような笑顔を見せながら、油井と美央を交互に見た。
「Well, I’m sorry but I don’t agree with you, Kevin. I think we should get to know each other better first. You know why? Because we got off on the wrong foot. So we may be already biased. If you don’t know the person well, how can you trust him? It may be just my habit, but I have to ask questions to whoever comes across my life. To get to know them, of course. So please, please don’t take it personally, OK? (申し訳ないけど、私はそうは思わないわ。最初にもっとよく知りあうべきなのよ。だって、私達、最初に色々と行き違いがあったし、そのせいでお互いを色眼鏡で見てしまっているかもしれないじゃない? 相手の事もよく分からないで、その人の事を信頼できると思う? 私の癖なのかもしれないけど、私は私の人生に関わる人たちみんなに質問しないと気が済まないのよ。もちろん、その人をよく知るためよ。だから、悪気はないの。お願いだから、理解していただける?)」
まくし立てる様に話し始めた恋人の姿を見て、ケビンの笑顔が凍りついた。
「Here is an easy example of why it should be done. Let’s say, suppose we have a two year old child, and we hire a baby-sitter, which I’d never do such a thing though. And would you hire him or her without knowing them really well? This person could be some kind of wacko, you know? If this psycho did something terrible to my baby, I will kill them. I’m absolutely positive about that.(相手をよく知っておいた方がいいという分かりやすい例なんだけど、例えば私に2歳になる子供がいて、ベビーシッターを雇うとするわね。まあ、私はそんな事をする気はさらさらないけど、とにかくその人物を良く知らないで雇う事なんて出来っこないわよね? だって、変質者かもしれないでしょ? もし私の子供に危害を加えたら、私はそいつを殺すわ。それは確実よ)」
苦笑いを浮かべて美央を見ていたケビンが、恐る恐る油井の方へ顔を向けた。油井は目を閉じながら相槌を打っている。真剣に聞いているふりをしているだけなのだが、ケビンには油井が多少不愉快そうに美央の話を聞いているように見えていた。
「So, don’t you agree with me, Aburais-san?(油井さん、私間違ってますか?)」
美央は、自分が正論を述べているという自信に満ちた表情で、同意を求めた。
「…Are you OK, Aburai-san? What she just said doesn’t apply to you, of course. She, well, sometimes goes to extremes. She is too strict sometimes, even to herself. So… (あのー、油井さん。今彼女が言った事は、もちろんあなたとは全く関係のない話で、そのう、彼女は時々極端すぎるんです。自分自身に対しても厳格だったりするので、そうの……)」
ケビンは美央を見ないようにしながら油井に話しかけた。
ちょうど美央がケビンのふくらはぎを思いっきりヒールのつま先で蹴飛ばした時、塩沢の声が聞こえてきて、油井が目を開いた。
『―――仕方がない。やはり、知らない事は話せない。今回は俺のアメリカ時代の話をする。簡潔にまとめるつもりだ。がんばって復唱してくれ』
「オ、オーケー……」
塩沢に答えたつもりだったが、美央が自分にニッコリと微笑み様子を見て、思わず唾を飲み込んだ。
心の準備をする間もなく、塩沢の声が耳に飛び込んできた。
「ウェル・アイドン・ユージュアリー・トーカバウト・マイセルフ。バッイッツ・オウケー・ディスタイム。ワッタイディド・アットズィオフィス・ワズ・カインダ・ルードトゥユー。ソー・アイ・スィンク・アイ・オウ・ユウ・アナポロジー・トゥー。ウェル・ホウェア・シュダイ・スタート?(普段は自分の事を話すのは好きではないんですが、今回はいいでしょう。さっきのオフィスでした事は、私も失礼だったと思いますし、謝罪の意味も込めましてね。では、どこから始めましょうか?)」
「How about… well, your English. Where did you study English? Here in Japan or did you study abroad? (では……、そうね、あなたの英語について。日本で覚えたのか、留学したのか、どちらかしら?)」
「スタディー・アブロウド。アイ・ウェントゥーBU・アバウト7イヤーズ・アゴー。(留学ですよ。約7年くらい前にビーユー(ボストン大学)に行っていたんです」
その答えに真っ先に反応したのはケビンだった。
「No way! Are you serious? I did too! Class of ‘05. Which major?(ウソでしょ!ホントですか?私もです!95年の卒業生なんですよ。学部は?)」
ケビンが興奮しながら油井に握手を求めてきた。知らない土地で旧友にでも会ったかのような感激ぶりだ。油井はあっ気に取られながら手を差し出した。
「アー……、サイコロジーメイジャー。アンド・ユー…?(えー、心理学部です。で、あなたは……?)」
「You got to be kidding me! Me too! Do you know Prof. Garland? Tommy Garland, “The Funny Face.” You must know him!(冗談じゃないですよね? 私もですよ! ガーランド教授はご存じでしょ? 『ファニーフェイス』トミー・ガーランド、知ってるハズですよ!)」
油井は呆気にとられながらケビンを見た。すぐに、塩沢からの通訳を聞いて納得した。
『わるい……。これは、予想していなかった』
<おいおい……>
油井の下手な英語の発音を聞いて遠慮をしていたケビンだったが、アメリカの大学を出ていると聞いて急に饒舌になった。
矢継ぎ早に学部の教授やキャンパス、近所のレストランやショッピングモールなど共通の話題を見つけては上機嫌に話をするケビンを見ながら、美央はどことなく不満げにふたりのやり取りを見ている。
油井は、塩沢の伝えてくるセリフの復唱と、目の前のケビンの対応に追われて、頭が真っ白になり始めていた。
(Chapter 4-3へ つづく)
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