- 2013年9月24日 11:07
Chapter3-2
美央の豪快な笑い方に油井が眉をしかめると、慌ててケビンが美央の体をゆすって止めさせようとした。しかし、どうやらツボに入ってしまったらしい。美央は、止めたくても止められないというように、ケビンの体に抱きついてヒィヒィと苦しそうに笑いつづけている。
油井は奇妙な敗北感に身を浸しながら、美央に差し出した手をすごすごと引っこめた。
油井を勘違いさせた美央の「泣きそうな表情」は、単に笑っては悪いと必死に我慢していたためのものらしい。
油井に「ちょっと待って」というジェスチャーを見せると、美央は大きく深呼吸をしながら息を整え始めた。
「I’m, I’m sorry. I didn’t mean to laugh, but… Well, come on! It was funny as hell, so don’t blame me! OK?(ごめん、ごめんなさい! 笑うつもりはなかったのよ……。でも、仕方ないと思わない? ホンットに面白かったんだから。私を責めないでよね!)」
困惑しながら美央を見つめている油井の耳に、塩沢の声が聞こえてきた。
『お前がどんな動きを見せたのか知らないが、死ぬほど笑えたらしいぞ』
笑われていた事は明白だったが、塩沢の一言で油井の全身から汗が噴き出し始めた。
ケビンは油井に何かを言いかけていたが、どうやら言葉が出こないらしい。油井と美央を交互に見ながら困り果てている。そんなケビンをひと睨みすると、大きな咳払いをひとつして、美央が改めて油井を見た。
「笑ってしまって、ごめんなさい。―――それから、日本語が話せないフリをした事、謝ります。申し訳ありませんでした」
油井は顔を強張らせたまま無反応でいるが、背後に立っている社長は、緊張が解けてホッとした表情を見せた。
「悪気はなかったんです。ただ、私の悪い癖で、『ガイジン』を見てイヤな顔をする日本人って、piss me off、いえ、なんか腹が立っちゃって……。あなたは英語を話せるみたいだし、その手の人達とは違うはずですよね? お店の前でイライラさせられる出来事があったばかりで、その時の感情を引きずっていた私が悪かったんです。ごめんなさい」
美央の謝罪に多少は気を良くしたのか、油井の気持ちに余裕が出てきた。
「いや、まぁー、私も大人げなかったかもしれません。あんなやり方で自白を強要させてしまったみたいで……」
「いえいえ、アナタのあの切り返し方、サイコーでした。私の完全な負けです」
「サ、サンキュー……」
褒められる経験が少ない油井は、ストレートに自分を認める美央から思わす目を逸らして、赤かった顔をさらに赤くさせた。
「じゃあー、日本語での接客は彼に任せて、内見する物件を決めましょうか」
場が和んで来たタイミングを見計らって、社長がもう一人の男性社員に引き継ごうとした。すると、美央が少し不服そうな表情で、
「私、アメリカでの生活の方が長くて、油断するとつい英語が出てきてしまうんです。それに隣の彼は、まだあまり日本語が分かりません。英語と日本語を交えての話し合いか、もしくは英語のみでの会話の方が手間が省けます。この方に話を聞いていただく方が、色々と都合がいいと思うんですけど、他に約束でもあるんですか?」
「えーっと……」
社長と油井が顔を見合わせた。油井の目は「ノー」と言っている。が、社長はそれを無視して美央に愛想笑いをした。
「はい。彼には別の予約が入っていますので、内見する物件を選ぶまでは油井にサポートさせていただいて、内見は別の者に任せる、ということでもよろしいですか?」
「ええ、分かりました。それで構いません」
美央は「仕方ないわね」という表情を隠さずに、肩をすくめながら返事をした。
「社長、ちょっと話が……」
油井が社長を店の奥へ連れて行こうとした。社長は油井を見ることなく、ドアの外を見つめながらポツリと言った。
「ヒレかつ弁当、頼んでおきましょうか。私は『竹』にしますが、油井さんは?」
油井の足が止まった。
「……『松』で、お願いします」
美央とケビンを振り返った油井の顔に営業スマイルが戻っていた。接客モードに切り替わると、ひとつ咳払いをして、
「ではあらためて、よろしくお願いします」
と、席に着こうとした。
そこへ、油井と社長の話に耳を傾けていた美央が、ふいの二人に向かって質問した。
「先程から、お弁当の話をされていますよね。そのお店、そんなにおいしいんですか?」
イスに腰掛けようと中腰で固まったまま、油井が社長を振り返った。
「ええ、おいしいです、よね?」
返答をしながら、社長が油井に問いかけた。
「味と値段のバランスがいい、と思います。まぁ、私はお弁当が中心なので、お店で出来たてを食べるともっとおいしいんですけどね……」
「じゃあ、そこで食事しながらお話しましょうよ。私達もお昼ご飯まだなので。ご一緒に、どうですか?」
美央が油井に向かってニッコリとほほ笑んだ。
(Chapter4-1 へつづく)