- 2013年8月28日 01:14
Chapter2-2
接客用テーブルのイスに並んで座っているケビンと美央を、油井は立ったまま見下ろしていた。社長を振り返えると、目と表情で語りかけた。
油井が<これは俺の担当じゃないでしょ>という困惑と不満の混ざった顔を見せると、
「あのう、失礼ですが、日本語は大丈夫でした、よね?」
と、社長がその懐疑的な口調とは裏腹に、営業用スマイルを作りながら二人に尋ねた。
美央とケビンが顔を見合わせた。ケビンの表情はどこか不安げだ。美央は、そんなケビンの表情を見ながらも、いたずらっぽくウィンクをしてから社長を振り向き、
「Excuse me? (なんですか?)」
と、英語で切り返した。
「Mio, that’s not a good idea… (美央、やめた方が……)」
美央の左の眉が不愉快そうに釣り上った。それに気づいたケビンは、諦めたように口を閉じた。
社長は、「あっちゃー」とは声には出さなかったが、まるでそれを故意に周囲に伝えるかのように口の形を歪めながら店内にいるもう一人の男性社員を見た。
「でも社長、メールは日本語でしたけど……」
「うーん、困ったなぁー。―――じゃあ、仕方がない」
油井の方を見ると、
「引き続きお願いしますね」
と、一応申し訳なさそうな表情で言った。
「……」
油井が抗議しようと口を開きかけると、社長はあらかじめ用意していた「アメ」を油井の鼻先にぶら下げた。
「油井さん、お昼まだでしたよね。とんかつ弁当、頼もうと思っているんですけど、ご一緒にどうですか?」
油井の表情が一瞬和らいだが、慌てて不信感を色濃くした目を社長に向けた。
「……とんかつ工房?」
「武信(たけしん)」
「……了解」
社長がにっこりとほほ笑みながら油井に頷いた。
油井は、ひとつ咳払いをすると、
「イクスキューズ・ミー・フォラ・セカンド。(ちょっと失礼します)」
とケビンと美央に向かって言うと、奥のバスルームへと向かって行った。
ケビンは、少し困ったように美央を見て、
「Hey Mio. Why did you do it? We need their help, you know? You’d better speak Japanese from now on.(美央、なんで英語なんだい? 僕たちは彼らの助けがいるんだよ。これからは日本語で話をするべきだよ)」
と、小声で言った。
「I know what I’m doing. So don’t worry. (ちゃんと理由があってやっているの。心配はいらないわ)」
ケビンが小さく首を振った。
「No, you don’t. You just snapped. That’s all.(いいや、君はキレちゃっただけだよ)」
美央がケビンを睨んだ。が、すぐに顔を背ける。
「I had a hunch that the boss here seems a bit timid to English speakers. So if we pretend we don’t speak Japanese, he would do…, you know? (ピンと来たのよ。ここの社長は外国人が苦手で、私たちが日本語を話せないと分かれば……、ねぇ分かるでしょ?)」
ケビンが無情にも首を振と、
「All right! Alright! You may be right. But that guy made me do it, you know. (分かったわよ。あなたが正しいのかもしれないけど、あの男がそうさせたのよ)」
美央が大きなため息をついた。
「Then you know what to do, right?(もうどうすべきか分かっているよね)」
「I’ll think about it… (考えておくわ……)」
二人の会話を驚いた顔で聞いていた社長は、美央と目が合うと困ったような笑みを浮かべた。それに気づいた美央は目を伏せてしまい、ケビンも社長同様にぎこちない笑顔を浮かべたが、すぐに店内に設置されているスライド式の大きな周辺地図に目を向けた。
(Chapter2-3 へつづく)