- 2012年12月 8日 18:21
- 「犯罪のない町の小さな犯罪」
Chapter 1-2
代々木上原駅の改札口から東口へと続く2階建ての「駅ナカ」ショッピングストリート「アコルデ代々木上原」を抜けると、新旧の店が並ぶ坂道に出る。その坂を数メートル下った先に、犬が店番をしているお洒落な古本屋や、ベルギー産などの輸入ビールを販売する酒屋、女性店員たちがテキパキと働いている花屋に囲まれた十字路が現れる。また、この坂を南へ上って行き、井の頭通りにぶつかるまで商店街が続く。駅前から来た車などが井の頭通りへ抜ける際の通り道にもなっている。
塩沢は、この角の花屋へ来て、ぼうっと花たちを眺めることを日課としていた。時には足をのばして代々木八幡や代々木公園まで散歩に出かけることもあるが、様々な種類、様々な色彩の花々が一堂に会している姿を見る方が手っ取り早くていいと、毎日この花屋に顔を出している。しかし、自分で育てたいとは全く思わない。
探偵という職業柄、人間観察をするべきかもしれないとは思いながらも、感情を持たない生物を見続ける事を優先してしまう。自分の特殊な「才能」のおかげで、今まで仕事で一度もミスした事がないために、その必要性を感じていないというのが正しいのかもしれない。
この交差点を通る一方通行の道路は、盆踊り大会やハロウィーンなどの催し物が開催される際のメインストリートだが、普段の人々の往来はまばらで、週末でも混雑はしない。車両などの交通量もさほどではなく、高級住宅街として知られた町の名に恥じない高級車がときおり通り過ぎていくが、基本的には、町全体にはのんびりとした空気が流れている。脇道に入ると、個性豊かな小さい店が軒を連ね、隠れ家的なバーや飲食店も多い。
昔懐かしい優しさを所々に含んだ商店街にも、年々近代的な店構えの飲食店やヘアサロンなどが増えてきているが、それがまるで自然な変化であるかのように不思議な調和を見せている。「住みやすくなった」という声があるのも事実だが、町の変化の裏側で語られる事のない喜怒哀楽の物語が存在するのもまた事実だった。
交通の利便性と町の近代化により、町の住人の層も若返りを見せてきている。「便利さ」、「快適さ」のみで語られる町ではなかったが、それでも若い血を導入しながらも「上原らしさ」を失わない所がこの町の良さでもある。
塩沢の視界に、1人の老婆の姿が入ってきた。和服が似合いそうな「素敵なおばあさん」風だが、今は長袖シャツ、カーディガンなどの洋服を着ている。普段の塩沢なら気にする事は無いのだが、その老婆がほんの1時間ほど前に目の前の花屋で豪華な花束を作らせていた人物であり、そして今、その花束が無惨に潰れている事実と、高級品だがそれを主張しないスラックスに土汚れが付いている事が気になって、めずらしく振り向いた。
この「素敵な」老婆は、年の頃は70代後半に見える。だがよく観察すれば、まだ「初老の女性」というのが正確な年齢のはずで、もし笑ったらさぞかし魅力的な女性に見えたかも知れない。だが、もう永いこと笑ったことが無いのか、口元や眉間のシワも、無表情のまま彫刻のように顔に張り付いてしまっている。そのため、実年齢よりゆうに10歳は老けて見える。
そして今は、命令口調で花屋の店員に花束を包ませていた時以上に不機嫌そうな顔をして、近寄りがたいオーラを周囲に放っている。
老婆は交差点の中央に立つと、アコルデの入り口が見える急な坂を見上げて、不愉快そうに大きなため息をついた。
(Chapter 1-3へ つづく)
アコルデ代々木上原URL
http://www.odakyu.jp/cgi-bin/shopping/shop/shop.cgi?no=45
うえはら駅前どっとコムURL
http://www.ueharaekimae.com/