- 2012年12月24日 18:11
- 「犯罪のない町の小さな犯罪」
Chapter 3-2
井の頭通り沿いの高架下近くに建つ代々木上原駅前交番に、野次馬を含めた小さな人だかりが出来ていた。その中には、力落ちして歩けなくなった老婆を背負ってきた男性や、ショックを受けてうなだれている少年の手を引いて来た女性、そして外国人男性を追いかけたものの結局見つけられずに戻って来た若者などもいて、それらの人々が交番の外で興奮気味に話をしている。
「この町に住んでる外人なんてすぐみつかるでしょう、お巡りさん」
「でも、ここに住んでる外人さんて、大手町の金融マンが多いって聞いたことあります。そんな人が財布なんか盗みますかね?」
「いや、この町の外人全員が金持ちとは限らないでしょう? 私はあの外人がこのお婆さんをおんぶしている姿を見た時、なんか怪しいなと思ってたんですよ」
「アンタ、お婆さんの叫び声を聞いてパルケから出てきたんでしょうが。適当なこと言いなさんな」
「な、ひ、人が心配で言ってるのに、なんてことを……!」
塩沢はガードレールに腰掛けながら、人だかりの外から中の様子を伺っていた。
「分かりました。分かりましたから。みなさん少し静かにして下さい。片瀬さんの話が聞こえないでしょう」
交番の巡査部長がみなを遮るように声を上げた。
意気消沈している老婆、片瀬とき子は、椅子に座ってうな垂れている。体もひとまわり縮んでしまったように見える。その横には少年、平田ツヨシがべそをかきながら並んで座っていている。
「もう一度聞きますが、財布を落とした、という可能性はないんですか?」
「……もういいです。……ただ、見つかってさえくれれば、後のことはどうでもいいんです。お金だってカードだって、取られていても構わない。ただ、財布の中身が、他の物が戻ってきてくれさえすれば……」
交番に入ってきた当初、とき子は半狂乱の一歩手前といった感じで、「あの外人を捕まえてくれ」と必死に訴えかけていたが、今はうそのように静かになってしまっている。
「で、後ろからついて来ていた君は、その外国人男性が妙な動きをした。そう、例えば、何かをズボンのポケットに仕舞っていたとか、そういう事には全く気がつかなかったんだね?」
下を向いたまま、ツヨシが小さく頷く。
「分かりました。では、その外国人男性を見つけて話を聞きます。何か分かり次第片瀬さんにご連絡します。それでいいですか?」
巡査部長がとき子に向いて、言った。
「……はい。よろしく、お願いいたします……」
とき子がか細い声で答えた。
「……お父さんと、お母さんに、このこと、話すんですか……?」
顔を上げたツヨシが、不安げに聞いた。
「ああ、一応報告はしておかないといけないからね。君が何か悪いことをしたわけではないんだ。おじさんがよく話しておくから、心配いらないよ」
巡査部長の答えに安心するどころか、ツヨシの顔は徐々に青ざめていく。巡査部長がまた声を掛けようとすると、その背後に立っていた徳田巡査が、ツヨシの肩にポンと手を置いた。
「いっしょにそこのファミマでも行こうか。最近出た昆虫キャンディー知ってる? アレって、ホントに乾燥させた虫の粉を使ってるんだってさ。でも、コレが意外とうまいんだよ。食べたことある?」
ツヨシが徳田を見上げた。だがその目の焦点が合っていない。心ここにあらずといった呈だ。徳田がほほ笑みながらツヨシの返答を待っていると、ツヨシがかろうじて頭を左右に振った。
「じゃあ、食べてみなくっちゃ。今後のトレンドになる品だよ」
巡査部長が徳田巡査を見た。が、とくに何も言わない。
「部長、ちょっと出てきます」
調書をまとめていた若い婦警は、「またか」といった目で徳田を見た。
「……好きにしたまえ」
巡査部長は、徳田に向かって小言を言いかけたが、「観衆」の目が徳田の行為を認めている様子に気がついて口を閉じた。
「ありがとうございます!」
人垣の中から徳田とツヨシが出てきた。とき子は、どこか悲し気な視線をツヨシの背に向けていた。
うな垂れて歩いているツヨシの姿と、呆然としているとき子を見て、塩沢は久しぶりに胸がつまる感覚を思い出していた。だが、自分には関係のない事だと思い直し、2人に背を向けて事務所へ戻って行った。
* * *
(Chapter 3-3へ つづく)