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アブソルート代々木上原探偵事務所 「犯罪の無い町の小さな犯罪」 第10回 Chapter 3-3

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Chapter 3-3

「その仕事、引き受けたのか?」
「成功報酬のみで50万。言った通り、着手金はナシ。金額に不満はないが、時間の無駄なのは分かり切ってるだろ。いつかは撮れると分かっているスクープネタの方がまだマシだって。やっぱ、落し物探しなんてやめよう。こっちに取りかかってる内に、響子ちゃんに動かれたら元も子もない」
「いや、その仕事やってみたい」
 油井は驚いて鏡の中の塩沢を見た。
「自分からやりたい、なんて、一体どうしちまったんだ、お前? 盗撮の仕事に嫌気がさしたのか? いや、それは困る……。いやいや、いったんそれは脇に置いておいて、だ。あのな、この仕事はいくら特異体質のお前でも無理だぞ。探し物をするのに『透明人間』である必要ないだろう? お前は、聞き込みすら出来ないんだぞ。やめとけって」
 塩沢は何か考えに浸っていて、特に反論はしない。
「あっ! もしかしてお前、あの婆さんの名前が『とき子』っていうんで、アメリカ時代の元カノ思い出したんだろ? それで、気になってんだな」
 塩沢は一旦閉じた目をゆっくりと開き、鏡越しに冷めた目で油井を見た。「気」を殺して生きている塩沢の体から、いっきに負と威圧のオーラが立ち上がった。
「っと、ワルい。……悪かった。チーちゃんの事には、二度と触れない約束だったな……」
 塩沢が油井から視線を外すと、疲れたように床を見つめた。
「まぁ、いいよ。日中は探し物の件で動いてもらって、夜は写真と掛け持ちってのでもいいなら、引き受けるよ」
「―――2、3日くれればいい。財布の落とし場所は、だいたい見当はついている」
 油井が丸い顔の中の丸い目を、さらに丸くした。
「『落とし場所』って、お前。じゃあ、スリだ何だってのは、やっぱり間違いなのか?」
「ああ。薄手のスポーツウェアのポケットに財布を忍び込ませるのは、膨らみが目立ちすぎて無理だ。走っていればなおさらだろう。お婆さんが失くしたのは、普通サイズの財布だからな。相手の目を欺く奇術師のようなスリでもいたら、話は別だが」
「―――よし、わかった。細かい説明はいいや。でもひとつ約束してくれ。3日後には、響子ちゃんの写真の仕事に戻る事。それまでは自由に動いてくれていい。写真の件は後でよろしく頼むぜ。室田さんに約束しちまってるからな」
「了解」
「よっしゃー! これで『まんぷく』5回、家賃も払って、ロードバイクも完済だぜ!」
 油井は今にも踊りそうな勢いでデスクチェアにドスンと座ると、ノートパソコンを立ち上げて作業し始めた。
 そんな油井をよそに、塩沢は神妙な顔で、向かい側のビルの屋上と事務所の窓枠の間に見える狭い空を見つめた。夕暮れ前の空にほんのりと赤みがさしている。この部屋から見る空に、塩沢は少しばかりの広がりを感じていた。
 塩沢は帰国して以降初めて、自分の異常体質を容認する気になっていた。今では、自分がこの体質を手に入れたのには、何か理由があるのかもしれないとまで考えられるようになっていた。だが同時に、底なし沼の中から「明るい未来」を否定していた自分が、出口を探し始めている事に戸惑いと違和感を覚えてもいた。
 アメリカのどこかにいるはずの千波時子の顔を思い出した。長い間忘れていた顔。笑顔ではない。思い出したくてもその勇気が持てなかった自分を嘲笑っている顔だった。
<もし、許されるのなら、どんな形でもいい、自分の犯した罪を償わせてほしい……>
自分の思いが届くようにと、広大なアメリカの空を思い描きながら祈った。
 いつの間にかアマゾンの欲しい物リストを眺め始めていた油井を残し、塩沢は事務所を後にした。

(Chapter 4-1へ つづく)

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