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アブソルート代々木上原探偵事務所 「犯罪の無い町の小さな犯罪」 第18回 Chapter 9

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Chapter 9

 昼過ぎに出社してきた塩沢が、嫌がる油井に一本の電話を入れさせた。平田ツヨシの家に侵入するための助っ人を要請したのだ。油井にとって、その助っ人代も、その行動自体も意味不明で全く無駄にしか思えなかった。
「透明人間らしく、1人でこっそり入ればいいだろ」
 油井は抗議したものの、塩沢は全く聞き入れなかった。今後「盗撮」の仕事は引き受けないとまで言い出した。あらためて金が無い状態がどれだけ嫌なものかを思い知らされながら、油井は渋々承知した。
 その日の午後3時頃、小学校からの帰宅時間帯を狙って、変装をした油井が平田ツヨシの家を訪ねた。眼鏡につけ髭、ポマードを髪になでつけるという、胡散臭さ満載の変装だ。横には見知らぬ男を従えている。30代前半のすっきりとした顔立ち男で、見るからに頭の良さそうな風貌と雰囲気を醸し出しているが、同時に社交性はなさそうに見える。
 元代々木町にある平田家は、間口は狭いが、奥行きのある2階建て3LDKの一軒家だ。車庫には多少年季の入った青色のBMW3シリーズが留められている。2階の正面の部屋は、夫婦の寝室らしく、つよしの部屋はその奥にあるらしい。
 油井が意外に簡素な門扉の横のチャイムを鳴らした。塩沢の調べによれば、今日は塾が休みの日なので、ツヨシは家にいるはずとの事だった。
「はい……」
 ツヨシの母愛美が、不審さを隠さない声で応答した。
 合格実績が半端ではない家庭教師を連れてきているので、少し話を聞いてもらいたい。外へ出て説明だけでも聞いてもらえないか、との趣旨の話を、油井がモニターフォン越しに身振り手振りを交えて大げさに説明した。
 しばらくして、愛美が玄関のドアを半開きにして顔を覗かせた。
「なんですか? 家庭教師の押し売りなんて、そんな胡散臭い話、信用できるはずないでしょう。お帰り下さい」
「いや、まずこのパンフレットを見てもらえませんか? 嘘ではない事を証明いたしますので。それに、本日は無料でお子様の勉強を見させていただきます。得るものはあっても、損する事は何もありませんです、はい」
「無料、ですって? ホントかしら」
「お母様は、すでに多くの有名塾の先生方をご存じだと思いますので、お子さんの勉強にご同席ください。私が力不足と思われたら、もちろん遠慮なくおっしゃって下さい。すぐにお暇します。本日に限り、お子さんが根を上げるまで、何時間でも無料でお教えします。今後は、こちらからご連絡は一切致しません。―――お母様、いかがでしょうか」
 油井の連れが淡々と説明した。実は、この男は油井が以前勤めていた探偵事務所の仲間で、今回は油井が雇い主となり、「家庭教師役」を演じてもらっていた。東京大学の法学部を出ていながら探偵をしているという変わり者だ。名前を朝比奈義宣といい、家系図を辿れば、昔はお城の御殿様だったとか、戦国武将だった人物にまで遡る立派な家の出らしいが、その朝比奈家の末裔が、なぜか大手探偵社で一調査員として働いている。
 中学校受験のテスト内容は、一般人の想像を超える難しさだが、この男なら対応できるだろうと、油井が朝比奈に声を掛けた。運よく非番だった朝比奈は、「イイっすよ」と詳しい事情を聞くこともなく、引き受けてくれた。半年しか探偵社に在籍しなかったその期間に、油井が唯一作った「借り」を覚えていてくれたのかな、と思いもしたが、後日しっかりと請求はされることになっている。
「そうね。あの子、今学校を休んでることだし、ちょっとお願いしようかしら」
「素晴らしい! では奥さん、お勉強を見るのは、息子さんのお部屋でよろしいですかな?」
 油井が万歳でもしそうな勢いで喜びの声を上げた。
「ちょっと、アナタも一緒に入るんですか? この先生だけにしていただけません?」
「あー、えっと、一応息子さんにご挨拶だけしたら、お暇しますので、はい……」
 愛美は冷ややかな視線を油井に投げかけたが、穏やかに微笑んでいる朝比奈を見て態度を変えた。油井が今まで見たことのない朝比奈の「営業スマイル」だ。
「わかりました。ではどうぞ」
 愛美が油井たちに背を向けると、油井は朝比奈に目配せをして、静かに大きく息を吐き出した。朝比奈は、さも当然という態で、愛美に続いて玄関へ入って行く。
ポンッと油井の肩を叩く音がした。
「サンキュウ」
 塩沢が油井の耳元で囁いた。
 油井は、塩沢がいる辺りを見て睨んだが、玄関のドアを手で支えながら、
「さっさと入れよ」
と小声で言った。
 それを聞いた朝比奈が、怪訝そうに油井を振り返った。
「あ、いや、なんでもない、なんでもない。ちょっとケータイに連絡が入ったんで、先に入っててくれ。すぐ行く」
 油井が苦笑いをしながら朝比奈に言った。朝比奈は片手を上げて「了解」とだけ答え、愛美の後について行く。
 塩沢が律儀に靴を脱いでいるらしい音が聞こえてきた。
 今度は音を出して、油井は大きなため息をついた。

(Chapter 10-1へ つづく)

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